マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:チェロケースの転倒とネック折れ

:チェロのハードケースを倒してしまい、ネックが折れてしまう事故は多く起こることです。これにはハードケースを使用しているという油断も含まれていますが、それ以前に、ケースの設計自体がその事故の可能性を含んでいるのです。これは最近の「軽量化」競争の結果とも言えるでしょう。

ハードケースの転倒
 チェロのハードケースはソフトケースに比べて値段もかなり高く、また非常に重いので、楽器の所有者はそれだけで満足(油断)している場合が多いのです。このために、本来はソフトケースよりも安全であるはずのハードケースの方がトラブルが多いということもあり得ます。ハードケースの使用者も、ソフトケースを使っているくらいの気持ちで楽器を取り扱うべきでしょう。
 さてハードケースの転倒によって起こる重大事故で一番多いのは「ネック折れ」です。ネックと胴体との付け根が折れてしまうのです。
 チェロはヴァイオリン以上に、張力に対して楽器の強度が弱いです。従って、重いハードケースが倒れる事によって、想像以上の衝撃が加わり、ネックが折れてしまうのです。一方でソフトケースの場合には、より注意している場合が多いので、倒してしまうということ自体が少なく、また倒してしまった場合にでもケースの重さがほとんど無いので、大きな衝撃が加わらないのです。
 この「ネック折れ」はハードケースの事故としては避けては通れないものですが、それでも良質なケースを選ぶことによって、事故が起こる可能性をずいぶんと小さくする事も可能です。
ケースの種類と衝撃のかかり具合
 下図は2種類のチェロのハードケースの構造を簡略化したものです。図の上側のケースは最近流行のほとんどのハードケースと言ってもよいでしょう。これは楽器の底とネックの2点だけで楽器を支えているタイプです。これまでこのタイプは、価格の安いものに多かったのですが、最近では軽量化競争の影響からか、高級品にも多く見られるようになりました。
 このタイプのハードケースが転倒すると、楽器胴体上部(ネックの付け根部分)に大きな力がかかってしまいます。このために、ただでさえ強度的に弱いこの部分が折れてしまうのです。

 一方、良質ケースでは図下のように、楽器全体を優しく包み込んでいます。このようなケースの場合には、もしもの転倒の時にも、楽器に加わる衝撃は分散されてトラブルは起きにくいのです。これは2つの図を見比べるだけでも理解していただけることでしょう。
 このように性能的には申し分のない「良質ケース」ですが、欠点もあります。それは「重さ」と「内部の形」です。この「重さ」に関しては楽器を保護する見返りですから、ある意味では長所でこそあれ、短所ではないかもしれません。問題なのは後者の「内部の形」でしょう。というのは、楽器を優しく包み込むタイプのケースは汎用性に乏しく、各楽器の微妙な大きさや形によっては、楽器がケースに入らない場合もあるのです(この為に、ケースメーカーはこのタイプのケースを作りたがらないという理由もあります)。従って、この様な「良質ケース」を購入するときには、楽器店の人と十分に話し合って購入、注文すべきでしょう。ちなみに私どもの工房にて注文する場合には、もしも楽器に合わなかった場合にはキャンセルすることが可能です。
ケースの重要性
 私はこれまでにも何度も書いてきましたが、楽器とは様々な要因によって支えられてはじめて存在し得るものなのです。それは「良質な製作」、「丁寧な取り扱い」、「良質な修理」、「運、不運」・・・・そして「良質なケース」。
 すなわち、ケースとは楽器の一部なのです。従ってケースに無頓着な人は、まずほとんどの場合が楽器にも無頓着です。この様な場合、せっかくの良い楽器も、どんどんと傷んでいきます。これは何も100年や300年間の長期間に渡ることを言っているのではありません。10年間くらいでも確実に悪影響は現れます。その様な場合には、逆に、ケースに対してより高い意識を持つことで、楽器に対する目を養うことができるのです。
 これはチェロだけの話ではなく、全ての楽器にも当てはまることです。

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