マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:外国へ行くときに、チェロを荷物預けしても大丈夫なものでしょうか?

:ヴァイオリンなどの小型楽器を所有している人は考えたこともないかもしれませんが、チェロ奏者にとってこの事はは深刻な問題です。
 チェロの場合、機内に持ち込もうとすると一座席分の航空券を購入しなければなりません。もちろん、チェロの安全を考えた場合には、決して高すぎるということも無いかもしれませんが、荷物預けで問題なければ、それに越したことはありません。
 さて、チェロをどのような方法で飛行機に乗せるべきなのか、答えはありません。従っていくつかの考え得る方法を上げて、その中で自分に適した方法を選択するしかないのではないでしょうか。

荷物預けによるトラブル
 飛行機を荷物預けにしてすることによって、いくつかのトラブルが考えられます。
 まず最初は「乱暴な取り扱い」です。例えば私の旅行ケースはアルミ製の物なのですが、外国へ行く度にボコボコになって返ってきます。この事からもいかに乱暴に取り扱われているかが想像できます。もちろん航空会社側は丁寧に取り扱っていると言うでしょうが、我々の言う「丁寧」と、会社の言う「丁寧」とでは全然レベルが違います。楽器の場合にはましてそうです。
 次に上げられるのが、「盗難と紛失」です。治安の悪い国でのトランジットがある場合には、特に心配です。外国では日本の治安の価値観は通用しません。従って自分の楽器を守るのは、自分自身で行うしかないのです。また、故意の盗難だけではなく、トラブルによる紛失もあることです。
 最後に上げられるのが「貨物室の空調によるトラブル」です。よく気圧の低さのことを心配する人がいますが、これはほとんど問題はないと考えられます。問題なのは温度です。ある人がチェロケースの中に温度計を入れて最低温度を測定したところ、マイナス6度だったそうです。少し前の飛行機の貨物室の室温がマイナス10数度を越えたという噂だったのに比べると、貨物室の環境もずいぶんと進歩したものです。しかし、それでも楽器は氷点下まで冷えているのです。これによって、ニスによっては、体積変化によって剥がれ落ちてしまうトラブルが起きてしまうこともあります。
 また急激な温度変化によって糸巻きが緩むことが考えられます。その影響で駒が倒れ、テールピースで表板を割ってしまうトラブルも十分に考えられます。従って、弦はピッチを少し下げ、糸巻きもいつもより強めに差し込んでおいた方がよいでしょう。

考えられる対処方法

機内持ち込み(航空券購入)
 プロの演奏家など、高価なチェロを所有している人は、機内持ち込み以外は考えられません。航空券代金は保険料の一部と考えるべきでしょう。
 機内持ち込みにする理由は、楽器にトラブルが起きるのを防ぐというよりも、どちらかというと盗難防止という意味の方が大きいかもしれません。高価な楽器ほど「万が一」の事を考えなければなりません。そうした場合、機内持ち込み以外は考えられません。航空券代をケチるくらいならば、初めから無理してそのような楽器を買うべきではないのです。
機内持ち込み(航空券を購入しない?)
 これはあやふやな情報ですが、飛行機がガラガラの状態の時に、チェロを機内に持ち込ませてくれたという事を聞いたことがあります。航空会社によっては、この様に融通を利かせてくれるところもあるかもしれません。従って、旅行の閑散時に飛行機に乗る場合には、ダメもとで尋ねてみるのもよいのではないでしょうか?
荷物預け(少しでも良質なケースで)
 ケースの重要性については何度も述べていますが、今回の話題においてもそれは当てはまります。例えば軽量化だけを唱った肉薄のケースでは、熱をすぐに奪われて、楽器は一気に氷点下の温度に達してしまいます。こうなるとニスの表面と下層の体積変化に差が生じて、ニスにトラブルが起きてしまうのです。
 一方、肉厚(例えば木製)の良質ケースでは、わずかではありますが断熱材の役割をします。すると内部の温度の下がる速度が遅くなるのです。飛行時間は長いので、最終的には楽器の内部は冷え切ってしまうことでしょう。しかし、わずかな差ではあれ、急激な温度変化を少しでも和らげることによってニスの表面と下層の温度差は少なくなるのです。すなわち、トラブルが起こる危険性は小さくなります。
 また内装のきちんとした良質ケースが、外部からの衝撃に対して楽器を保護してくれるということは今更言う必要もないでしょう。
 外国旅行の時に、荷物を少しでも軽くしたいという気持ちは分からないでもありません。しかし、楽器の「荷物預け」がいかに楽器に対して過酷なものなのかを考えるべきです。そして必要と思えば、たとえ重くても良質ケースでの旅行を考えるべきでしょう。
荷物預け(ケースの加工)
 さてどうしても楽器を預けなければならない場合には、少しでも良質なケースに入れるべきということを書きました。これは何も飛行機に乗るときだけの話ではありませんから、まず第一にこの事を検討すべきです。
 しかし、現実問題として現在持っているケースをすぐに買い換えるわけにも行きません。そこで現在のケースの保護性能を少しでも高めることを考えなくてはなりません。

 最も良い方法は、ハードケースを入れるハードケースを作ることです。「木箱」と考えてください。そして中に梱包材を入れれば完璧です。チェロの荷物預けの最善の方法といってもよいでしょう。しかし問題なのは、引っ越しならば可能なのですが、旅行ではあまり現実的でないという事でしょう。

 次の案としては、ハードケースを入れるソフトケースを作ることです。少し肉厚の大きな袋と考えてください。これならば必要のない時には丸めてしまうこともできます(それでもスーツケースくらいの容積になるでしょう)。最初にハードケースに梱包材(透明なプチプチ)を巻き付けておいてから、その袋に入れることによって、楽器の保護性能は飛躍的に高くなることでしょう。耐衝撃性も、断熱性も高まります。

 最後に考えつくのは、楽器の内部に梱包材(断熱材)を入れることです。しかしこの方法は危険です。楽器のニスに直接ビニール等が接触すると、その部分に跡が付いてしまうことがあるからです。特に夏期には、荷物を機内に運び込むまでにケース内部の温度が上昇することも考えられます。この様になったときに危険なのです。

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