マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:ネックの親指の当たる部分は、ニスが塗って有るもの無いものがありますが、この違いは?

:ヴァイオリン族は、ほとんど全ての部分がニスによって覆われています。これは音色を良くするという効果よりも、どちらかといえば保護的な意味合いの方が大きいです。しかしネックの裏側だけは唯一異なったニスが塗られているか、または全く塗られていない場合もあります。これには理由があります。

ネックの裏側だけニスが違う理由
 ネックの裏側だけ、他の部分とニスの質が違う(または全く塗られていない)のは、下記の理由によります。
・親指によって摩耗が激しいので、綺麗なニスを塗ってもすぐにボロボロに剥げてしまう。
・楽器と同じニスを塗ると、親指が滑ってしまう。
・この部分は消耗品であるために、あまり「保護」の事を考える必要はない。
・この部分に硬めのニス(シャラックニス等)を塗っても、音に悪影響を及ぼさない。

 ネックの裏側の処理には、基本的に次の3タイプがあります。

ニス無し
 ネックの裏側の部分だけニスが全く塗られていなく、木の地肌がむき出しになっています。これは量産楽器において時々見かけます。
 このタイプの特徴は、ニスを塗る手間が省けるということ、そしてネックに当てた親指が、ニスによって滑らないということでしょう。しかし長年楽器を使っていると、木の繊維に汚れが染み込んでしまい、真黒くなってしまうということです。ネックの裏側が真っ黒くなっている楽器は、決して誉められた美しさではありません。
シェラックニス(艶無しで、層の薄いニス)を塗るタイプ
 このタイプのニスは、ニスが木の繊維の中に染み込みます。従ってネックをニスでコーティングしているという感じではありません。しかし、ニスを塗って(染み込ませて)いるために、ネックが汚れてしまうこともありません。
 外観上は、黄色っぽいニスで、表面に艶がないニスがこのシェラック系のニスです。極薄く塗る場合には、黄色っぽく見えないこともあります。このタイプのニスで処理したネックは、ニス表面がツルツルしていないために親指が滑りません。また摩耗にも強いのも特徴です。
楽器のニスを塗るタイプ
 楽器のニスといっても、胴体に塗っている物と全く同じというわけではありません。色成分をほとんど入れなかったり、または他のものと混ぜたりします。
 このニスによって処理されたネックは、見た感じが綺麗です。艶があり、精度感もあります。しかし欠点としては、表面がツルツルして綺麗な反面、汗をかくと親指が滑ってしまいやすくなってしまうのです。この為に、このタイプの処理をしたネックを嫌う演奏者は多いです。もう一つの欠点としては、ニスが柔らかいために、親指の擦れる部分だけが剥げてしまい、見苦しくなってしまうということもあげられます。

 この様にネック裏の処理にはいくつかのタイプがあり、それぞれに長所と短所があります。この部分は消耗品のために(継ぎネックをするときに、切り落としてしまいます)、長期的な意味での美観や音響性能を考える必要はありませんので、あまり神経質になる必要はありません。強いて言えば、親指の当たる感覚が、自分の演奏にあっているかどうかということでしょう。 

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