マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:よく楽器の横板に透明なフィルムを貼っている人がいますが、貼った方が楽器のために良いでしょうか?

:この透明なフィルムは、ニス、または楽器そのものの保護材として用いられます。ほとんどの場合には、楽器の肩(ネックの付け根付近の横板)の部分に貼られます。この部分は、頻繁に手が当たるために、摩耗や汗によって傷みやすいのです。従って、フィルムを貼ることによって、ニスを保護するわけです。

透明フィルムを貼る目的
 本来、楽器を摩耗や汗などから守る役目はニスが行っています。ニスはとても薄い層で、一見保護的な役割は期待できそうもないのですが、とても優れています。もしもニスを塗っていない白木の状態の楽器ならば、ほんの数十年の寿命しかないと思います。
 さて、この様に素晴らしい性能のニスですが、古い楽器などにおいて、横板に割れが入っている場合、または横板が薄くなりすぎていて強度的に不安定という場合には、どうしてもニスだけでは保護しきれません。その様な場合に、汗を全く通さない透明フィルムが利用されるのです。従ってこの透明フィルムは、古い楽器(名器を含め)でよく見受けられるのです。
透明フィルムの欠点とトラブル
 上で述べましたように、透明フィルムは特に古い楽器において使用されます。しかし、著名な演奏家の楽器において透明フィルムが使われていると、透明フィルムを貼ることが楽器にとって最良の事と勘違いをされることが多いのです。透明フィルムは、使い方を間違えると、楽器にとって悪影響を与えてしまうのです。
 透明フィルムは汗を全く通さず、そして摩耗にも強いです。そして横板に貼る限りにおいては、楽器の振動特性も大きくは変化させません。しかし最大の欠点は、一度貼ったら簡単に剥がせないということなのです。もちろん、貼ってから数日後、または数ヶ月後ならば、比較的トラブルなく剥がすことは可能でしょう。しかし、貼ったばかりの透明フィルムを、その様な短期間で剥がすということはまずあり得ません。
 楽器は使っていくうちに表板や裏板が剥がれてくるので、再びニカワで接着し直す修理を長い間には繰り返します。この時に透明シートが貼られていると、その作業がしにくくなるのです。またニス調整を行う場合でも、透明フィルムにニスが着かないように作業することは大変な作業なのです。従って、結果的に、それらの作業は消極的に、または程度が低く行われる確率が高くなってしまうのです。
 また、透明フィルムは長い期間貼っているほど剥がしにくくなってしまいます。そしてもしも無理に剥がした場合には、透明フィルムの境目にはくっきりと跡が残ってしまうのです。または、透明フィルムの粘着剤がニスと混じり合ってしまい、その部分だけのニスの性質が変わってしまうのです。これではせっかくの楽器の美観も台無しになってしまいます。
透明フィルムの正しい使い方
 まず第一に理解しなければならないことは、「可能ならば貼らない方がよい」ということなのです。透明フィルムは、ニスのような長期間の修理調整における柔軟さは持ち合わせていないからです。従って、結果的に楽器を傷めてしまう原因となりかねません。
 透明フィルムは、楽器の横板(ネックの付け根)にヒビが入り強度的に弱くなっている場合や、または横板が薄すぎるために歪んでしまっている場合、または汗の量が多くて、ニスの傷み方が激しいという場合にのみ用いるように気を付けなければなりません。安易な気持ちで貼らないようにしてください。

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