マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗


:弦には色々な種類がありますが、この中からどのようなものを選んだらよいのでしょうか?

:これは難しい質問です。答えとしては、「色々と試してみて自分の好みの弦を探し出すしかない」とい言うしかありません。しかし、弦は安いものではありませんから、そう簡単に全ての弦を試奏できるものではありません。
 そこで弦の本質を科学的に理解することが大切になってくるのです。こうすることによって、弦を見て触っただけで、ある程度の音を推測できるようになります。従って、自分の楽器にあった弦を絞り込むことができるようになりますし、また弦のメンテナンス等(例えば、弦の換え時期)もわかります。

 モダン・ヴァイオリン族における弦の目標とは、「より大きな音、高倍音を出す。そして音程感がある」というものです。すると、この条件を満たすためには下記の3つの要素が大前提となるのです。そしてこの「3つの要素」さえ理解すれば、数多く存在する弦の特徴を理解したも同然なのです。

弦の3大要素

1・線密度(質量)
 これが重ければ重いほど弦の張力は強くなり、それに伴って音に張りが出てきます。すなわち高倍音周波数成分が強くなります。しかしかといって、下手に弦の質量を重くし過ぎると、弦は下記の二つの要素(均一さ・しなやかさ)が犠牲になってしまいます。
2・均一さ
 もしも弦が「均一」でないと、音の倍音周波数に乱れが生じます。例えば弦を440Hzにチューニングしても、2倍音が881Hzになってしまうと、音程感が失われてしまうからです。これは安物の弦を使ったときや、また、弦が古くなってしまうときに起こり得る現象です。
3・しなやかさ
 これは「2」と似ていることです。もしも弦が「しなやか」でないならば、倍音成分さえも出てこないのです。すなわち弦の音程感は無くなってしまいます。これは、例えば金属棒を叩いたときに、音程感がないという現象と原理は同じです。この現象はスチール弦において感じるかもしれません。スチール弦は、ガット弦に比べて剛性が高いので、音程感が得にくいのです。


 理想的な弦は、上記の事柄が限りなく守られていなければなりません。しかしこの「3要素」は、相対するものですので、これらの条件を満たす弦を作るということは並大抵のことではないのです。
 事実、昔も今と同じように、「より大きな音、より明るい音、より美しい音」を目指して、弦の試行錯誤はありました。最初は裸のガット弦でした。しかしこれでは弦の張力が不足して、張りのある明るい音が出ません。そこで技術の進歩と共に、下記のような様々な技術が生み出されていったのです。

キーワード

*産業革命
 これは弦にとっての最大の革新的な時期です。この産業革命により、金属の工業技術は飛躍的に躍進しました。そこで発明された「ピアノ線」は、ピアノのみならず、ヴァイオリンにも応用されました。これによって、ヴァイオリンはより強く、明るい音を出すことが可能になったのです。
 余談になりますが、ヴァイオリンの構造、音色的な意味での価値観は、弦の発達(張力)と相互作用しながら進歩(改良)していったのです。
*巻線
 巻線とは、ガットやナイロン、または金属線の上に巻き付けているリボン状の金属線のことをいいます。この目的は、「重く、しかし、しなやかに」というところにあります。もしも重くするだけならば、スチール(鉄に限らず)線が一番良いのですが、そのような弦は剛性が強すぎて、「音程感」が無くなってしまうのです。ですから「巻線」というものが考案されたのです。これは弦の進歩の中で、最大の発明でしょう。
*金属の種類
 使用される金属によって、弦の音色は変わります。というのも、金属はそれ特有の「比重」と「堅さ」を持っているからです。ですから、例えばアルミニウムと銀では音色に差が出てきます。
 例えば、アルミニウム巻線のキャラクターは、「軽くて、しなやか」です。これから出てくる音は、音程感が良く、柔らかなものとなるでしょう(若干音量が小さいと考えられます)。
 一方、銀巻線の場合には、そのキャラクターは「重いが、ある程度しなやか」というものです。この巻線を使った弦は、高倍音周波数の出ている明るい音がするでしょう。そして音量も大きいはずです(弦の張力が、アルミニウムよりも強いために)。
 この他にも、より質量の大きい金やタングステン(ヴォルフラム)などが利用され、その金属ならでは(密度、剛性など)の特徴が出ます。
*芯材
 大きく分類すると、「金属」「ガット」「ナイロン繊維」に分けられます。ガットの特徴は、「軽くて、しなやか」ということにつきます。ですから(巻線の影響を大きく受けますが)ガットの音は綺麗な倍音成分(音程感)が出るのです。しかし欠点としては、切れやすさ、湿度の変化に弱い、均一性に乏しい、高価格などが上げられます。
 一方スチール線は質量が重いために、張力が強くなり、音量、高周波成分は強くなります。ナイロン・ガット(合成繊維)は、この中間に当たります。
*中間材
 芯材と巻線との間に入れるシート状のものです。これがあると、巻線が芯材にくい込まないので、弦がよりしなやかに動くのです。これは比較的新しい発明になります。このメリットには他にも「防湿効果」があります。
*巻線の形
 基本的には「丸線」と「平線」があります。理想的には「丸線」の方がしなやかに動くので良いのですが、ヴァイオリン族には向きません。というのは、弦を弓で弾くためには、弓の毛と弦との接触面積が大きい方がよいからです。そこで丸線を巻いてから、表面を平らに削ったのです。しかしこれではいくつかの不都合が生じました。
 現在は技術が進歩し、平線の製造技術が確立して、弦に直接平線を巻けるようになりました。このためにヴァイオリン族の巻線はほとんど「平線」です。しかし巻線の巻き付ける間隔などによって、いくつかの特徴がでてきます。
*値段
 製造過程が複雑なものほど、価格は高くなります。すなわち「巻線」のほうが「スチール線」よりも構造が複雑なので、値段が高いのは簡単に想像できます。
 また、金属の種類によっても値段は大きく異なります。弦には金や銀などの貴金属を使うことが多いのですが、そのような金属はそれ自体高価です。ちなみに貴金属を使用する理由は、「サビない」、「重い」、「比較的柔らか」等のきちんとした理由があるからです。

 このようにキーワードを意識した上で、「重さ」と「しなやかさ」の2項目さえ考えれば、弦を理解することができるのです。そうすると、今まで無意識に使っていた弦からも、新たな発見があるかもしれません。

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