マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:弓は力を抜いて弾くべきなのですか?それとも圧力をかけて弾くべきなのですか?

A:確かにこの両方の表現はよく耳にする言葉です。実は一見相反する内容に思われるかもしれませんが、両方とも同じ事を指しているのです。しかし中には、これらの言葉を間違って理解している人もいますので、今回はわかりやすく説明してみましょう。
 また今回の内容は、「腰の強い、真の意味での性能の高い弓」ともダイレクトに関係していますので、できればそちらの方の記述も読んでいただければ、さらに理解していただけると思います。

腕の自然な重さが乗る弾き方
 まずは一見抽象的に思われるかもしれませんが、次の写真を見てください。これは私が「がっちりした壁」に寄りかかっている写真ですが、この時、私は壁にとくに力をかけているわけではありません。とてもリラックスした状態なのです。
 しかし、物理学的な考え方からすると、壁には大きな力(圧力)がかけられています。すなわち、これこそが一見矛盾したように思われるかもしれない「力はかけないが、大きな圧力で弾く」という弾き方の答えなのです。演奏技法上での表現では「腕の自然な重さをかけた弾き方」という言い方をされることが多いです。

がっちりとした壁に寄りかかっている状態






 一方、不自然な力のかけ方とは、次の写真のような感じです。明らかに力任せに楽器に力をかけてしまっています。これでは腕が力んでしまい、不自然なボウイングになってしまいます。「弓に自然な圧力をかける」とはこのような事を指しているのではないのです。

竿腰の強い弓と弱い弓
 上では「腕の自然な重さをかけた、圧力のある弾き方」というものを説明しました。若干余談になりますが、圧力のある弾き方とは、フォルテッシモの時だけでなく、ピアニッシモの時にも大きな影響を及ぼすのです。今回はこの事を詳しくは説明しませんが・・・。
 さて、上記の「壁にリラックスして寄りかかるような・・・」という動作は、がっちりとした壁があって初めて成り立つのです。例えば下写真のように弱く不安定な壁(例えば障子や襖)に寄りかかることを考えてみてください。下手に寄りかかると壁が潰れてしまうので、自分の力を入れたり引いたり、とても不安定で疲れてしまいます。

弱く不安定な壁に寄りかかるのは、とても疲れます。腕がプルプル震えてきます。




 竿腰のある性能の高い弓は、自分の腕の重さを自然に受け止めてくれますので、リラックスをしたボウイング奏法が可能になります。その上、曲の盛り上がる部分では大きな圧力をかけて楽器を鳴らすことができるので、曲の表情が豊かになるのです。
 しかし一方弱い弓では、弓の中央部分で特にペコペコのために、まるで障子に寄りかかるように、無意識のうちに圧力をかけたり抜いたりの微調整を行ってしまっているのです。このため弓は不安点にプルプルと震えてしまいます。まさに上の写真の私の「疲れ方、不自然さ」です。

最後に
 今回は弓の腰の強さの重要性に関して書きましたが、当然のことながら腰が強ければそれで良いという単純なものではありません。例えば丸太のような弓でしたら腰は強いのですが、それでは重すぎて使い物になりません。その辺りに関しては常識的範囲で考えてください。
 また高価なオールド弓は腰の強さが弱いものだと思っている人も多いのですが、これも間違いです。本当に良いオールド弓は、見た目が細くてスマートでもとても強い腰の強さを持っています。私も見とれてしまうくらいです。しかしそのような弓はそう簡単に出回っているものではありません。ペコペコな弓竿の弓は、例えば高いものであっても、正真正銘の鑑定書が付いていようとも、性能の低い弓なのだという割り切りを持つべきです。もちろん、その逆に新作弓であれば良いという甘いものでもありません。新作弓においても、本当の意味での腰の強い弓は、少数なのです。

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