木材の保管方法とカビ対策

2010年8月5日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

失敗事例

 佐々木ヴァイオリン製作工房では木材を地下室で保管しています。地下室はどうしても湿度が高くなりやすいので、湿度計の60%を目安にチェックしながら除湿器をかけていたのですが、知らない内に木材にカビが大量発生していたのです。湿度計の値だけに注意して、木材(特に手の届きにくい位置に保管されいてる)を実際に取り出してチェックしていなかったのが一番の反省点ではあります。今回のレポートはその失敗から学んだ内容です。

 これまでに地下室の木材保管用の棚には、下写真のようなDIYショップで安く購入したスチール棚を使っていました。導入価格の安さと棚の強度、木材の収納効率(省スペースにたくさんの木材を収納する)の事ばかりを考えて導入したのですが、このスチール棚が良くなかったのです。棚板が平らなスチール板で、さらに棚と壁面との間にスペースがあまりなく、その上に木材をビッシリと詰め込んでいたために空気の循環がなされていなかったのです。結果論になりますが、これではいくら除湿器をかけても、棚の奥や木材どうしの隙間には乾いた空気が廻りません。

スチール棚

 

カビが生えることによる悪影響

 下写真は前回の失敗の時に発生してしまったカビです。弦楽器用の木材の場合、少しくらいのカビが生えても木材の表面を削り落としてしまうので、カビが楽器の音に影響するわけではありません。しかしカビが大量に発生してしまうと保管室自体が不潔になってしまったり、木材以外の壁や本などにもカビが移って収拾がつかなくなってしまいます。カビが発生しないほうが良いに決まっています。

カビ1

カビ2

 カビは成長する過程で上写真のように分泌物を出します。それによって木材に黒茶っぽい染みができてしまうのです。この染みはカビを落としても消すことはできません。ほとんどの場合にはその染みは木材の表面だけで、削ってしまえば木材の内部までは染みていないので悪影響はないのですが、最初から薄い側板用の木材とか、または削る余裕の少ない木材の場合には、カビによる染みが楽器に残ってしまうこともあり得ます。

 

木材の保管方法とカビの繁殖パターン

 木材の保管の基本は木材と木材の間にできるだけ余裕をもって保管するのが理想です。そうすることによって空気が対流し、木材の自然乾燥が促進されます。また湿気が溜まりにくいので、カビの発生も抑えることができます。しかし現実には住居環境の問題もあり、話はそう簡単な物ではありません。

理想的な保管

 

 私の工房も含め、日本のほとんどの(特に都市部での)工房では木材の保管スペースは厳しいです。そのためどうしても「できるだけ隙間無くギッシリと」保管してしまうのです。もちろんそれが自然乾燥促進やカビには良くないということは知っているのですが、購入した木材をどうにか工房内(木材保管部屋内)に収めることが先決です。従って、「省スペース保管」と「カビ繁殖の抑制」「自然乾燥の促進」などの一見相反する要素を同時に追求しなければならないのです。

一部分密着

スチール棚による悪影響

木材の底面部分

 木材をスチール棚の上に並べて保管していたため、木材の底面部分の空気の対流が起こらずに、そこに湿気が溜まってしまってカビが繁殖してしまいました。

木材と木材が接触していた部分のカビ繁殖

準理想的な保管

 おもしろいくらい、木材同士が接触していた部分のみにカビが繁殖していました。木材同士が接触していたために、そこに湿気が溜まってしまってカビが繁殖しやすくなったが理由の一つ、そしてもう一つは片側のカビが接触面伝いに他方面に移った事が原因と思われます。

カビの繁殖部分

 

木材をビッシリ詰め込んで保管している場合のカビ発生

密着保管

 さすがにこのように木材を詰め込んでしまうと、カビは全面的に繁殖してしまいます。イラストを見ただけでも、空気の対流の余地が全くないことがわかります。
 しかし日本の都市部のような狭い住居環境下では、このような上下交互に隙間無く保管する方法は仕方ないことであり、逆に、このような保管方法でもカビが繁殖しないような方法を考え出すことの方が重要なくらいです。

カビの繁殖部分

今回の失敗から学んだ事

 今回の失敗事例から、カビ発生の特徴がわかってきました。
 ・いくら湿度計の値が低くても、棚の奥や木材同士の表面、床面などの空気が対流しにくい部分には湿気が溜まる。
 ・除湿器を回すだけでなく、空気を強制的に循環させることが重要。
 ・カビは木材と棚面とが接触していたり、木材同士が接触している、いわゆる「接触面」に発生しやすい。
 ・上記の理由から、木材表面が他の物に接触していなければ(空気の層があれば)、カビの繁殖(増殖)は少ないと考えられる。
 ・空気を対流させるために、棚は板状のスチール棚でなく、ワイヤーシェルフタイプの棚にしたほうが良い。
 ・除湿だけでなく、積極的な行動として紫外線による滅菌処理も併用すべき。
 ・可能なら、年に一度は太陽の直射日光の下で天日干しをするのがベスト(乾燥+紫外線による滅菌処理)。ただ、なかなかそれができないのですが。

 

具体的な対処

1. ワイヤシェルフタイプの棚

 前回のスチール棚をワイヤーシェルフラックの「ホームエレクター」と全面交換しました。保管室スペースの関係上、相変わらず木材は密集して保管していますがそれでも木材同士のわずかな隙間から空気の流れを感じることができます。空気の流れは上下に動くので、これまでのような平板状の棚では空気が遮断されてしまっていたのです。これに対してワイヤーシェルフの棚は、かなり「オープン」という感じがします。

ワイヤーシェル

 

2. スペーサー加工

 木材をたくさん収納しようとすると、どうしても木材同士は密着してしまいます。そこで木材にスペーサーを付けることで、木材同士が密着するのを防ぎ、僅かではありますが木材の周りに隙間を確保することに成功しました。この「スペーサー加工」が効果的なカビ抑制になるのかはまだ結果が出ていませんが、「前回の失敗」では木材の接触している面のみにカビが繁殖していたことを考えると、このスペーサーによる隙間は十分期待がもてると思われます。

スペーサー加工

 このように木材同士をギッシリと詰め込んでも、木材間に隙間ができます。この僅かな隙間が空気の対流を生み、または仮に僅かなカビが繁殖してしまったとしても、そのカビの移動を妨げる効果があると予想できます。

スペーサーによる隙間

 

3. 強制対流

 時々ブロアで木材の隙間に強制的に強力な空気を吹き付け、木材の隙間や棚の奥に溜まった湿気、湿り気をもったホコリ、カビの胞子を叩き出します。風量がとても強いのでかなり効果的と考えられます。

ブロア

 

4. 空気清浄機を24時間回す

 木材を保管している地下室はどうしても空気の対流が起きにくいです。除湿器は24時間回しているわけではないので、室内の空気に少しでも対流を起こさせるために、空気清浄機を24時間稼働させることにしました。ブロアで巻き上げたホコリや、カビの胞子なども取ってくれることを期待して稼働させています。

 

5.紫外線ランプによる滅菌処理

 写真のように紫外線滅菌ランプを設置しました。常に点灯しているわけではなく、ブロアで風を強制送風した時とかに使います。木材の表面の滅菌処理だけでなく、ブロアによって空気中に舞い上がった目では見えないカビの胞子を滅菌できるのではないかと期待しています。

紫外線ランプ

 

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