特殊撮影とその写り方

2016年1月21日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

弦楽器の特殊撮影の種類

 当、佐々木ヴァイオリン製作工房のホームページにて何度か書いてきましたように、弦楽器を観察するための特殊撮影には次の方法があります。
1. 通常の可視光撮影
2. ブラックライトによる近紫外線撮影
3. 紫外線撮影
4. 赤外線撮影
5. 内視鏡撮影
6. 顕微鏡撮影

 今回は、上記の1. 通常撮影~4. 赤外線撮影の具体的な撮影方法と、それらの写り方の違いを説明します。ちなにみに、それぞれの照明の波長の特徴は、以前に掲載した「照明装置とその演色性(スペクトグラム)」を参考にしてください。

 

1. 可視光撮影

 これは通常のデジタルカメラでの撮影のことです。照明にはストロボや、演色性の高い照明を使います。撮影用のデジタルカメラもレンズも、ごく普通のものをつかいます。
 今回使用した撮影機材は「Canon EOS1DsII+EF100mm Macro USM」を使いました。照明には高演色AAA蛍光灯+高演色LEDライトを使っています。撮影には特別な設定は必要ありませんが、弦楽器の表面は複雑な曲面をしているため、照明の反射が出ないようなライティングを行うには、ちょっとしたノウハウが必要となります。

 

2. ブラックライト撮影

 ブラックライト撮影は近紫外線撮影とも呼ばれる撮影方法で、照明に、どこにでも売っている「ブラックライト蛍光灯」を利用する撮影方法です。ブラックライト撮影を紫外線撮影と勘違いしている人も多いのですが、目に見える紫色の光りは、あくまでも可視光領域であり、紫外線とは異なります。

 使用する撮影機材は、ごく普通のカメラで十分です。今回は可視光撮影と全く同じ、「Canon EOS1DsII+EF100mm Macro USM」を使いました。可視光をカットする必要がありますので、通常は真っ暗な部屋で、ブラックライトの照明(紫色の光り)を当てて撮影します。今回の撮影では夜中の真っ暗な部屋の中で撮影しました。照明が暗いので、シャッタースピードは長く設定します。シャッターが開いている間、カメラの後ろでブラックライトを大きく振って、楽器にまんべんなく照明を当てるのがコツです。
 弦楽器のブラックライト撮影は比較的一般的な撮影方法で、ニスの観察によく用いられます。特別な撮影機材も必要なく、簡単に撮影できる割に、とても効果的な観察を行うことが可能だからです。

 

ブラックライト蛍光灯は、特殊効果照明としてどこにでも売ってるタイプのものです。

 

3. 紫外線撮影

 紫外線撮影とは目に見えない紫外線領域だけを撮影する方法です。しかし、 紫外線撮影はとても難しいです。というのは、通常のカメラのレンズは紫外線を透しにくい素材なので、紫外線撮影を行うためには専用の特殊レンズを使うのが理想だからです。紫外線撮影専用の特殊レンズは「UV-Nikkor105mm4.5」を使い(注1)、カメラはローパスフィルターを改造したEOS 5DIIを使って撮影しました。
 照明にはブラックライトを用いました。ブラックライトには紫外線領域の波長も含まれているために、紫外線撮影用照明として用いることができる反面、可視光領域の紫色の光りも含まれています。そのため、紫外線撮影では「可視光カットフィルター」を併用しなければなりません。今回は「BAADER U-Filter」というフィルターを用いました(注2)。

 

"BAADER U-Filter" + "UV-Nikkor105mm4.5" + "ローパスフィルター改造EOS5DII"

注1:紫外線透過率を考慮して設計された専用レンズを用いて撮影することが理想ですが、「紫外線を"比較的通しやすい"一般レンズ」という選択肢もあります。詳しくは私が以前に書いた「紫外線撮影レンズの考察」を参考にしてください。
注2:"BAADER U-Filter"ではなく、"HOYA U340 + NEXCC-II"という組み合わせもあります。

 

4. 赤外線撮影

 デジタルカメラには、赤外線領域も写すことができる"ローパスフィルター改造EOS5DII”を用いました。通常のデジタルカメラでも、赤外線領域を撮影できないわけではないのですが、しかし感度が低いために綺麗には撮影できません。そこでローパスフィルターに改造を加えて、赤外線・紫外線領域まで撮影できる改造デジタルカメラを用いるのです。
 紫外線と違い、赤外線は一般のレンズでも問題なく透過しますので、どのレンズで撮影しても構わないのですが、今回は紫外線撮影レンズを用いて撮影しました。そして照明には赤外線ヒータランプを使い、可視光カットフィルターとしてHOYA IR90フィルターを装着しました。

 

赤外線ヒーターランプと裸電球。どちらも赤外線撮影用照明として使えますが、可視光も出てしまいます。

 

LED赤外線照明は可視光が出ないので、可視光カットフィルターを併用する必要がありません。

 

撮影結果と考察

 撮影対象のヴァイオリンは1700年代の古い楽器で、響板、ニス等に多くの傷や修理跡が見られます。下写真は上記4種類の方法にて撮影した比較写真です。

1. 可視光撮影について

 可視光による通常撮影の写真は、ごくごく見慣れたヴァイオリンの写真です。ニスの色、傷跡、割れなどが見て取れます。

 

2. ブラックライト撮影の結果と考察

 ブラックライトによる撮影の特徴として、ニスの種類(または新しさ)とニス層の厚みによって、発色が異なって写るのが特徴です。特に新しく塗られたシェラックニスなどに対して、強い蛍光反応を示すのが特徴です。このような特徴から、ブラックライト撮影ではニスの状態や修理箇所などを観察するのに用いられます。
 写真2を観察すると、ニスの層が薄くなって木肌が出かかっている部分が黒っぽく写っています。一方、綺麗な茶色の写っている部分がオリジナルニスというわけではありません。比較的ニスの層が厚い部分が、このような綺麗な茶色に写るのですが、後世の修理によって塗られたニスの場合や、またはニス入りの磨き油によって被膜層ができた場合にもこのように写ります。右下に縦に細く入った茶色の線は、まさに最近修理を行った箇所です。新しくニスが塗られた箇所には色が着きます。

 

3. 紫外線撮影について結果と考察

 弦楽器において紫外線撮影はほとんど使われません。その理由は、紫外線撮影自体が難しいことと、紫外線の細かな波長の特徴から、ニスの下層まで光りが届かず、ニスの最も表面の状態しか観察できない事によります。写真3.を見ると一目瞭然です。ニスの層の下、すなわち楽器の木材の状態はほとんど写っていません。照明の周波数が高いほど(または波長が短いほど)、ニスの表面の状態しか写らないからです。
 ニス表面の磨きムラや、ニス表面の平滑度などは観察することができますが、撮影が難しい割には、あまり興味深い結果は出ていないように思われます。

 

4. 赤外線撮影結果と考察

 赤外線撮影方法も、ブラックライト撮影方法と同じくらい、よく用いられる方法です。赤外線は波長が長いために、ニスの層を通り越して、木材の表面の状態を写し出します。そのため、楽器の割れの状態を観察するのに適した撮影方法です。
 写真4.を見ると、ニスの情報がほとんど無くなっていて、木材表面の情報と、そこに付いた傷、割れが黒く浮き立っています。楽器本体の損傷具合を客観的に把握するのに、とても有効な撮影方法と言えるでしょう。

 

 

 

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