佐々木ヴァイオリン製作工房の音響測定装置

2002.8.20 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

 今回は私がこれまで使用してきた、そして現在使用している音響測定装置(今回は主にFFTアナライザについて)について書きます。これによって、詳しい方ならばこれを読んだだけで、私の実験精度などある程度は判ると思います。また、これから音響研究を始めようと考えているアマチュア研究者への参考になれば幸いと思います。
 これらの実験装置は、大学や研究所の設備と比べるととても幼稚な精度のものかもしれませんが、個人で購入するのは当時も、今も、とても負担が大きいのです。特に、この実験をしたからといって、それが事業利益に繋がるわけではありません。これらの実験は単に私の好奇心からライフワークとして行っているのです。従って、実験装置の程度が低いと笑わないようお願いいたします。


1988年〜1991年までの実験装置
 最初の実験装置は、私が東京ヴァイオリン製作学校に在籍中に、無量塔親方の知人であるアマチュア製作者の泊川氏のアドバイスと協力から始まりました。AD変換ボードを購入すれば、パソコンでFFTアナライザ測定ができるというので、その装置の基本構成を真似したのです。FFTプログラムの基本部分は、おそらく東工大の今井先生の研究室から来ていると思いますが、そのプログラムを私の装置用に書き換えて、実験に合うように私なりにプログラムを付け加えていきました。プログラム言語はQuickBasicです。
 この実験装置によって10KHzまでのFFT周波数測定が、一個人の私にもできるようになったのです。これは画期的な事でした。私の東京ヴァイオリン製作学校時代は、夜遅くまで下記の実験ソフトの改良や、実験装置の製作、そして測定をフラフラになりながら行っていました。もちろん昼間はきちんと製作の技術実習をしていました。今となっては良い想い出です。20代だったからできたことですね。

実験装置
無共箱 : 高さ60cm 幅45cm 奥行き70cm  (6面を吸音スポンジとブチル防震ゴムで加工)
マイク : SONY ECM-23F2 (当時の購入価格約2.5万円)
アンチエイリアシング・フィルター: エヌエフ回路設計ブロック社製 周波数固定フィルター"CF-8BL"を利用した自作 (ローパスフィルターLSI購入価格 約5万円)
 ・次数  8
 ・減衰傾度  48dB/oct
 ・減衰特性  バタワース
 ・遮断周波数 1kHzと10kHzの2つ
 ・遮断周波数確度(23℃±5℃) ±2%
 ・通過域利得   0dB±0.5dB  
 ・歪率(7Vrms) 0.01%(typ)
 ・雑音    100μVrms
マイクアンプ(ミキサー) : TASCAN M-06
TTLシグナルトリガー発信器 : 自作 0V/-5V オペアンプ(LM301)でのシュミット回路
AD変換ボード : CONTEC AD12-16D(DMA変換) サンプリング周波数 20KHzと2KHz 量子化12bit (購入価格 開発ソフトウェア込みで約27万円)
パーソナルコンピュータ : NEC PC-9801RA2(+80387コプロセッサ) (購入価格、内蔵部品込みで約60万円)
FFTアナライザ・ソフト : Quick Basicによる自作(泊川氏の実験ソフトを参考改良)。
ファンクションジェネレータ : IWATSU SG-4101 (購入価格 約12万円)
フラットスピーカー : 東工大名誉教授 西牧先生より頂いた物


測定したグラフの一例



1995年〜2001年までの実験装置
 ドイツに滞在中は、音響実験はほとんど行いませんでしたが、帰国して当工房を開業してから再び音響実験を始めました。とは言っても、開業後は仕事に追われ、実験は細々としかおこないませんでしたが・・・。
 今回は実験装置の制作(FFTプログラム制作)に時間を掛けることができませんので、製品のFFTアナライザを中古で購入しました。中古とはいえ、FFTアナライザを個人が購入できる価格まで下がってきたのはありがたいことですが、それでも一揃え購入するのは大変な出費でした。この装置によって、20KHzまでの周波数特性をリアルタイムに測定することができるようになりました。
 今回のFFTアナライザはきちんとした製品なので、測定装置の精度は保たれていたのですが、欠点は装置のインターフェイス(使い勝手)の悪さでした。そこで苦労してGPIBインターフェイスを利用して、パソコンで操作、データの二次加工を行おうと必死でプログラムを書きました。



実験装置
FFTアナライザ : 小野測器 CF-2400 (16bit量子化、90dB、周波数レンジ20Hz〜20KHz) (中古購入価格 約55万円)
プロッタ : EPSON HI-80(購入価格 約13万円)
WindowsノートパソコンにGPIBインターフェースカードを繋ぎ、パソコンにデータを転送(ソフトはVisual Basicを使用した自作)
マイク : SONY ECM-23F2
試聴用ヘッドフォン:SONY MDR-CD900
マイクアンプ : 既製マイクアンプユニットを利用した自作
その他 : これまで使用してきた装置

測定したグラフの一例(プロッタで印刷したもの)



2002年〜2005年の実験装置
 工房と住居の新築が完了し、ようやくまた細々とですが実験を行おうという気になってきました。そこで実験装置の見直しを行うことにしました。今回の目標は、「パソコンをメインに」という事でした。現在はグラフの表示、2次加工、レポート作成など、全てはパソコンで行っています。従って、前回の専用FFTアナライザではパソコンとの連結が中途半端なために、どうも具合が悪かったのです。そこで色々と捜してサウンドテクノロジー社の"Spectra PRO"というFFTソフトを購入することにしました。
この"Spectra PRO"はパソコンのソフトであるために、使い勝手、データの2次加工はとても良いです。欠点は、その精度がパソコンのサウンドボードに依存するということです。これは深刻な問題です。そこでこのソフトの試用版を利用して、いくつかのサウンドボードを試しました。そしてクリエイティブメディア社の"AUDIGY"ならばある程度はまともに測定できるということが判ったのですが、それでもいくつかの不都合(精度の低さ)は残りました。そこで眼をプロフェッショナルHDDレコーディング関連に向けたところ、専門的なAD-DA変換装置が多数あることが判りました。そして色々と考えてecho社の"Laptop MONA"という機械を購入しました。実際、パソコン用のサウンドボードとは性能がまるで違いました。


実験装置
パソコン : Windowsノートパソコン(冷却ファン・ノイズが少ないので)
FFTアナライザ・ソフト : サウンドテクノロジー社の"Spectra PRO" (購入価格 35.8万円)
サウンドボード(AD-DA変換装置) : echo社の"Laptop MONA"(量子化24bit、ダイナミックレンジ110dB、サンプリング周波数96KHz) (購入価格 約12万円)
音響測定用マイクロフォン :Earthwork社 M30(価格\98,000)、BEHRINGER社 ECM8000 (購入価格 約\5,000×2本 ケーブル別)
試聴用ヘッドフォン:SONY MDR-CD900ST
倍音加工ソフト:DigiOn社 DigiOnSound3(\45,000)



これらの装置により、48KHz(現実にはマイクの性能から40KHz位)までの周波数帯域の測定が可能となりました。ダイナミックレンジも、今までの測定精度をはるかに上回ります。今までは測定不可能で判らなかったことも、判るようになりました。詳しくは、徐々に実験し、発表していきますので、もう少しお待ちください。もっとも、ヴァイオリンの本質が測定できるということは永遠にありませんから、過度な期待はしないでいてください。


Earthworks社 M30 測定用マイクロフォン



測定したグラフの一例

リアルタイムで48KHz(マイクの性能によります)までの測定が可能になりました。AD-DAコンバーターがパソコンの外に付きますので、ノイズに対してもかなり有利です。このくらい高性能で測定が可能になると、一度でよいから性能の高い測定用マイク(例えばEarthwork社製 M550とか)でも測定してみたいものです。


2006年〜の実験装置
 基本構成はこれまでと同じです。マイクロフォンを50KHzまで測定できるEarthwork社 M50ペアに、ADコンバーター(オーディオインターフェイス)をRMEのFireface800にグレードアップしました。FFTソフトウェアもバージョンアップしてサウンドテクノロジー社のSpectraPlus5になっています。

 

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