マイスターのQ&A
2018年9月9日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
Q:オールド弓は休ませながら使用するものなのでしょうか?
A: よく、「オールド弓は複数の弓で、それぞれ順番に休ませながら使うと、性能が復活する」と言うことを主張している演奏者がいます。おそらく、この「性能が復活する」という事への質問と思います。
弓の性能は休ませることで復活するのか?の前に
この質問には、実は、質問以外の興味深い本質が含まれています。それは「オールド弓を休ませた方が良い」と考えている演奏者が多いという事実なのです。すなわち、私が常々指摘しているように、多くの演奏者がもてはやしている「銘のあるオールド弓」の性能に、不満を持っている人が多いという現実であり事実なのです。それを認めたくないから、「休ませる」という表現で、現実逃避を行っているのですが、実際には「休ませなければ、性能的に不満」と言っているのに等しいのです。
厳し言い方ですが、そのような弓は、元々の性能が低いのです。それが現実なのです。製作者の「銘」とか、本物とか、偽物とか、価格とか、そう言うのとは全く違う、「物理的特性」が低いのです。演奏者は、それを認めなく無いでしょうが、感じているのです。
なぜ感じるのか?というと、演奏技術が上手だから(または才能があるから)です。本当に演奏の才能が無い人は、それさえも感じないことでしょう。
弓の性能は休ませることで復活するのか?
いきなり答えですが、弓の性能は休ませることで復活することはありません。おそらく、そのような主張をしている人達は、伸びたゴムが時間をおくと元に戻るというイメージを持っているのでしょうが、ゴムと木材とでは分子の仕組みが全く違います。
同じ意味で、長年使わないでしまって置いた弓の性能が、バリバリに復活しているという事もありません。またその逆に、本当に性能の高いオールド弓は、休ませなくても高性能を維持します(もっとも過度の使いすぎは、物理的な損傷を生んでしまいますが)。
このように、基本的にはオールド弓を休ませることで、性能が復活することはありません。しかし、なぜ多くの演奏者がそのように感じるのか?というと、それは次の要因が主と考えられます。
1. 弱い同じ弓を続けて弾いていると、その欠点が見えてきます。それが使いすぎて「へたった」と感じるのです。そして、ある程度の時間、別の弓を使った後にその弓を弾くと、再び新鮮な気持ちで(すなわち、その弓の欠点を忘れた状態で)使えるのです。これを、性能が復活したと感じるのでしょう。すなわち、気持ちの問題です。
2. これも1.の内容とほぼ同じではあるのですが、別の弓を使って弾いていると、バランスとか、重さとかの、「弓竿の剛性の弱さ」とは別の要因の方が気になります。そのために、その別の要因の方に意識が取られて、へたった感じが薄れて、すなわち性能が復活したと感じるのでしょう。
休ませなければいけないと感じるような弓は、性能が低いのです
弓の価値には2つの要因があります。1つは、商品価値、2つめは実性能としての製品価値です。弓を休ませなければならないと感じるような弓の場合には、残念ながら2番目の実性能は低いと思われます。
それでは1つめの商品価値の意味はあるのか?というと、あります。性能が低くてもいわゆる「銘」のある弓を所有することで、他人に対して威張れたり、または自分に自信をもつこともできます。それも性能のひとつではあります。