マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:裏板の中心線の上下に時々見かける黒い点は何ですか?

:これは「木釘」です。この製作方法は、特に古い楽器において用いられました。そして裏板だけでなく、表板にも同じように木釘が利用されることもあります。材料としては、裏板用には黒檀製の黒っぽい色の木釘が、そして表板用には楓製、または松材製の木釘が用いられることが多いようです。
 現代の作品においても少数派ではありますが、この木釘を利用した製作は見受けられます。

「木釘」のメリット
 製作の方法によっても若干変わってはくるのですが、表板や裏板は横板(側板)に一旦仮付けをして、輪郭を正確に形成した後にもう一度剥がし、裏堀などの処理をします。そして最後に横板に接着し直すのです。この時に、裏板や表板の位置が仮付の状態とずれてしまうと、輪郭の幅に乱れが生じてみすぼらしい楽器となります。従って、本接着時には、微妙な位置合わせが必要になるのです。
 現代はクランプの性能が高まったために、再接着時に裏板や表板の中心を合わせることは比較的簡単になりました。しかし以前は今のような精度の高いクランプではなく(初期の製作においてはクランプさえ使っていませんでした)、もっと大ざっぱなクランプだったために、ニカワ接着時にもたもたしているとニカワが固まってしまい接着力が弱くなってしまったのです。このために接着時にニカワを塗って素早く裏板と枠の位置を合わせるために、木釘が用いられたのです。
 すなわち、裏板と枠との仮付け時に、木釘の穴を空けておくわけです。すると、再接着時に、木釘を事前に空けておいた穴に差し込むことによって裏板と横枠との位置がピタリと合うわけです。すなわち「位置合わせ」のための目印穴と考えればよいでしょう。決して響板を打ち付けて、接着力を増しているのではありません。
「木釘」のデメリット
 木釘を利用した製作のデメリットは、木釘の穴を空けた部分が割れやすくなってしまうことです。というのは、楽器は湿度の変化に伴って微妙に伸縮しています。また長いスケールで見た場合には、乾燥によって収縮しています。この時に黒檀製の木釘の伸縮率と、表板や裏板の木材(松や楓)との伸縮率の違いによって、木釘穴にストレスがかかってしまうのです。そして割れが入ってしまいます。これは特に割れやすい表板において深刻な問題です。
 また、木釘が打ち込まれていると、修理時に響板をきれいに剥がせないなどのデメリットもあります。また、響板を剥がすときに、木釘穴に無理な力が掛かってしまい、穴が割れてしまうことも多いのです。古い楽器の場合、表板の木釘穴には、大体において割れが生じてしまっています。
現代における木釘の利用
 先にも述べましたように、現代はクランプの進歩により木釘を使わなくても十分な製作が可能となりました。しかし、製作者によっては表板や裏板を正確に元の仮付位置に合わせ直すために、木釘のデメリットを覚悟の上で利用していることもあります。
 また、私の場合(J・カントゥーシャ氏の製作方法)は、表板のみに木釘を用います。しかし、ウンターザッテルやネックを装着した時点で、木釘の半分がカットされて無くなるような位置に木釘を入れるのです。こうすることで、木釘穴は「穴」にはならずに、後日にその部分に割れが生じることはないのです。
 また、現代における木釘の利用方法として、「古い楽器のような雰囲気」を出すために、あえて使うということもあります。

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