マイスターのQ&A
ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
Q:私の所有している複数のヴァイオリンは全て弦長が異なっています。どの寸法が正しいのですか?
A:我々製作者(技術者)は、弦長を直接測るのではなく、「メンズア」と「ネック(ハルス)」の足し合わせの長さとして、「弦長」を考えます。従って、下図の楽器側面図を見ていただくと一目瞭然なのですが、実測の弦長はそれよりも少し長くなるわけです。もっとも、重要なのは実測の弦長ではなく、「メンズア+ネック」の長さの方ですから、今回はこの値に関して説明してみましょう。
- メンズア:ネックの比率
- 先ほどにも述べましたように、「メンズア+ネック」の長さは実測の弦長とは異なりますが、一般的にこの値を「弦長」と呼ぶ事が多いです。正確に言えば「メンズア+ネック」の長さは「弦長」とは異なるものなのですが、大ざっぱに言えば、これらは同じものと言ってもよいかもしれません。
さて、「メンズアとネック」の距離はとても大事です。この寸法を元に、ヴァイオリンが設計されたり、または修理や調整時の基準となるとても大切な寸法値なのです。例えば、駒の立つ位置はこのメンズアの長さによって決まります。また、魂柱を立てる位置も、このメンズアの寸法を基準に考えます。それどころか楽器の響板の隆起も、このメンズアの位置を基準に設計されるのです。一般の方は、楽器の胴体の大きさを気にしますが、我々技術者の場合にはこの「メンズア+ネック」の寸法の方を気にするくらいなのです。このように、正しいメンズアの位置を把握していなければ、楽器の本来の性能を発揮する事はできません。そのような意味から、「弦長」に高い意識を持つ事はとても大切な事なのです。
さてこのような重要な寸法のメンズアとネックの寸法ですが、現代弦楽器においてはこの値にはある程度の基準値があります。それは下記の比率と寸法値になります。ちなみに、メンズアの位置は左側f孔の内側の刻みで示される事が多いです。
|
胴長 |
ネック(ハルス) : |
メンズア |
合計(弦長の近似値) |
ヴァイオリン |
約355mm |
2(130mm) |
3(195mm) |
325mm |
ヴィオラ |
約400〜425mm |
2(約143〜150mm) |
3(約215〜225mm) |
約358〜375mm |
ヴィオラ |
|
6.5(2) |
9.5(2.92) |
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チェロ |
約750mm |
7(約280mm) |
10(約400mm) |
約680mm |
コントラバス(D-メンズア・タイプ) |
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7(417mm) |
10(595mmの場合) |
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コントラバス(Es-メンズア・タイプ) |
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8(476mm) |
10(595mmの場合) |
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- ヴァイオリンの弦長
- 上記の表から、メンズア+ネックの寸法がわかります。実際の弦長はこれよりも1〜2mmくらい大きくなるので、ヴァイオリンの場合の弦長は326〜7mm位が標準と考えればよいでしょう。もっとも、下記の要素によってこの寸法値にはバラツキが生じる事があります。
1.楽器本体の寸法の違い。
2.ネック:メンズアの比率が正しく2:3(ヴァイオリン、ヴィオラの場合)になっていない。
3.調整において、駒の立つ位置を間違えてセッティングしている。
4.駒位置が無意識にずれてしまっていたり、駒が反ってしまっている。
けっこう「2.」のような楽器も多く、このような楽器の場合メンズアの寸法がはっきりしません。すると、駒の立つ位置がはっきりとせず、長年の内に様々な箇所に駒を立てて試行錯誤した痕跡が表板上に残っている事がほとんどです。このような場合には、まずは駒の位置(メンズア)をきちんと決める事が先決なのです。もちろん、それは自分で勝手に行わず、専門家にきちんと説明してもらって決めるべき事柄です。
さて結論になりますが、これまでの要因を全て踏まえた上で、ヴァイオリンの場合で325〜330mm位の弦長が標準と考えればよいのではないでしょうか。もちろん、ある程度のバラツキはあって当然です。しかし325〜330mm位の範囲から5mmもずれているようでしたら、それは製作、セッティング上の何かがおかしいかもしれませんので、一度専門家に見てもらう事をお勧めします。演奏上からも違和感が生じるはずだからです。
- ヴィオラの場合
- ヴィオラの場合には話しは複雑です。というのは、ヴィオラのサイズ自体に幅がかなりありますし、その上に製作者によっては「胴体は小さくして持ちやすくするが、弦長は長く」とか、または全く逆の考え方で「弦長は長くしないまま、胴体を可能な限り大きく作る」とかのイレギュラーな寸法の設計をしている楽器も多く見受けられるのです。すなわち、メンズアの寸法の割に、ネックが異様に長かったり短かったりするのです。このような楽器の場合には困ってしまいます。このような意味もあり、ヴィオラの場合の調整時においては、ネック:メンズアの比率をヴァイオリンの場合ほど厳密に2:3と拘らない事が多いようです。もっとも、現代における新作設計時にはヴィオラも、ヴァイオリンと同様に2:3にきっちりすべきというのが私の考えですが・・・。
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