マイスターのQ&A                 ドイツ・ヴァイオイリン製作マイスター 佐々木朗


:新しい楽器と、古い楽器との違いは何でしょうか?


:ヴァイオン(族)を考える上で、「新作ヴァイオリン」と「古いヴァイオリン」の2種類の分類は、誰もが興味あることと思います。しかしその話を進める前に、一つだけ注意すべき事があります。それは「古い楽器」と「オールド楽器」との違いを知っておくということです。

「古い楽器」と「オールド楽器」

 もちろん言葉上では、これらは同じ事を指しています。しかし専門的慣例としては、これらは分けて使われます。

*古い楽器・・・・作られてから10年以上くらい経った楽器。その質、状態は様々です。
*オールド楽器・・「古い楽器」の一部で、しかもその製作者、(その質)、販売マーケット(消費者の憧れ)、等々いわゆる「市場価値」のはっきりしているもの。

 上記の事柄を車に例えるなら、「オールド」とは「古いフェラーリ車」でしょう。そして「古い楽器」とは、「中古乗用車(高級車も含めて)」になるかとおもいます。もちろん、これらのどちらが偉いとか、そのような上下はないのですが、しかし「販売マーケット」という考えからすると、これらには大きな違いができるわけです。・・・・しかしこれは、何度も言っているように、売る側の理論ですので、ユーザー側がこの事に気付かないでいつまでも「売る側の理論」に染まっていては、楽器の本質は見えてきません。

 話が少々ずれましたが、私が忠告しておきたいのは、「古い楽器」と「オールド」とのけじめなのです。というのは、我々は多かれ少なかれ「オールド楽器」に憧れがあります。従って、楽器屋さんで「このオールド楽器は・・・」と言われてしまうと、その「オールド」という言葉の響きに参ってしまうのです。すなわち、楽器そのものに目がいかないで買ってしまうのです。極端な例としては、「傷んだ楽器」=「オールド」と勘違いしている人も少なくありません。
 「真のオールド」というものは、ほんの一握りです。今の時代に、車を買うくらいの値段では買えないでしょう。これはアマチュア演奏家には無縁と言いきってもよいものです。ですから、「オールド」などという言葉に流されないで、「古い(質が悪いという意味ではありません)楽器を買う」という割り切りが必要なのです。そのような割り切りがあれば、楽器そのものを見つめることができるでしょう。そして結果的に良い楽器を手にすることができるのです。


 さて上記の事が理解できて、はじめて「新作楽器」と「古い楽器」との特徴を冷静に考えることができるのです。

 まず最初に言い切れるのは、これら2種類の楽器は音色的に別物だという事です。ですから、新作楽器で狙っても、古い楽器の雰囲気は完全に出せません。逆に、古い楽器には無い、新作楽器の長所もあるのです。ですから、どちらの楽器を選ぶかは、演奏者の判断です。

新作楽器の長所
 *楽器の健康状態が良い・・・これは最大のメリットでしょう。
 *楽器のランクと値段の対比が、ある程度はっきりとしている(いわゆるボッタクリが少ない)。
 *最上級質の楽器が比較的安価に手に入る。
 *楽器の健康状態が良いために、気候などに対して楽器が安定している。そしてトラブルが起きにくい。
 *上記の理由から、その後の投資が最小ですむ。
 *音がしっかりしている場合が多い。

新作楽器の短所
 *音が耳障りな場合が多い。
 *見た目に渋さが無く、高級感さにかけると感じる人が多い。
 *「新作楽器=大したことがない楽器」という変な常識もある。
 *古い楽器に比べると重い。


古い楽器の特徴
 *木材の物理的特徴から、発音特性が良く、さらに雑音感も少ない。
 *「オールド」に似た高級感がある。
 *軽くて弾き易い。
 *(日本の楽器屋さんにおいては)選択数が多い。

古い楽器の短所
 *質と価格とのばらつきが多い。
 *ラベルで楽器を判断しがち。
 *健康状態がピンからキリまで。
 *健康状態が悪いと、購入後の投資が必要。
 *同じ製作質の楽器の場合、新作楽器よりも随分高い。

 このように、それぞれに短所と長所があります。もちろんこれらの2つのどちらが良いというものではありません。
 このようなタイプの違う2種類の楽器ですが、選ぶときのポイントは同じです。それは「製作質」と「健康状態」です。きちんとした製作技術で作られていて、そして、きちんとした修理がなされていることが、良い楽器を選ぶ上でのもっとも大切なポイントとなるのです。

 
 音色面のみでこれらの2種類の楽器を比べた場合に、下記の特徴が現れる場合が多いです。

演奏者から見て

 新作楽器はその構造、木材の音響特性から、高周波数帯域(8〜15KHz)の成分が、古い楽器よりも強いです。この帯域の周波数成分は耳に近いほどより強く、弾きにくく感じます。従って演奏者は、新作楽器と古い楽器との音色差に非常に敏感なのです。

ホールで聞いている人から見て

 ホール内においては、上記の高い周波数成分は吸収されてしまい、聴衆には不快感を与えません。聴衆が(より)感じることができるのは、もっと低い周波数帯域なのです。ですから聴衆側からすると、古い楽器と新作楽器との差は、演奏者側から見た場合よりも少ないのです。弾き比べ実験で、名器よりも新作楽器の方がより良く聞こえるという事も多いというのは、こういった理由によります。


これまでのことをまとめると、

 新作楽器・・・コストパフォーマンス、安定性
 古い楽器・・・古い楽器ならではの音色、雰囲気

と、なるでしょうか。くどいようですが、このどちらが良いとかそのような問題ではありません。質が良くて、健康状態が良ければ、それでよいのです。

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