マイスターのQ&A
ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
Q:f孔の側面や糸倉の内部のニスの色が違うのはなぜですか?
A:下の写真のように、f孔の側面や糸倉の内部、そしてネックの付け根の断面(指板の下部)などを観察すると、確かにニスの色が異なっている場合が多いと思います。その多くは、暗い色をした不透明のニスが塗ってあったり、または写真のように真っ黒の色が塗られています。これには幾つかの理由があります。
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ニスが塗りにくい箇所
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まず最初の理由は、実に簡単な事です。それは、これらの部分はニスが塗りにくい箇所だからということです。すなわち、きれいにニスが塗れないのです。例えば、f孔の側面などは、表板の表面のニスを塗るときに、どうしてもf孔側面にニスが垂れて、ムラになってしまいます。このようにムラになってしまって見苦しくなったニス部分を色が濃く、そして不透明のニスで隠すわけです。「隠す」という言葉を使うと、手抜き作業のように聞こえてしまいますが、そのようなことは決してありません。この部分は基本的には隠れている部分ですから、このようなニス処理をしていること自体は全く悪影響を及ぼさないからです。
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アクセントとして
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次の理由としては、楽器のアクセントとしての役割も持っています。もっともこれは直接的な理由ではなく、「結果的にアクセントとなっている」と言った方が正しいかもしれません。しかし、f孔の側面などに暗い色のニスが塗られている事によって、f孔の輪郭が際だつなどの効果もあることは確かです。
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この部分のニスの成分
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f孔の側面や糸倉の内部に使用される色の濃いニスは、特別な働き(例えば割れ防止とか)を持っているわけではありません。ただ単に、「色が濃く、そして不透明」なだけです。このために、普通のニスに黒い染料を多く入れたり、または「オーカー土」という細かな土粒子を混ぜてニスを不透明にしているのです。
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これらの部分をあえてきれいに仕上げる製作方法
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さて、これまで述べてきたことで、「濃い色のニス」を塗る理由を理解していただけたと思います。しかしその反対に、この部分をあえてきれいに仕上げようという製作方法もあります。
何度も述べましたように、これらの部分は隠れた部分であるてに、きれいに加工し難かったり、またはきれいにニスを塗ることがし難い部分です。また、「直接的な音響への意味」では、これらの部分をきれいに仕上げる意味は無いとも言える部分なのです。しかし、そのような部分をあえてきれいに仕上げる事により、技術力を表現しようという製作方法も次第に増えていることも確かです。例えば私の師匠のカントゥーシャ氏や、その製作の流れの私自身もそうです(下の写真は私の製作した楽器です)。糸倉の内部を丁寧に加工したり、またはニスもきれいに塗る製作方法です。
というのは、ヴァイオリン族の楽器は、初期の頃にはそれほど長い期間に渡って使用されるとは考えられておらず、従って「実用本位」の製作がされていました。すなわち、音さえ良ければそれで良いという考え方です。しかし現代においては、ヴァイオリン族に対しての考え方も変わってきています。私のHPの各所で述べていますように、長年の間には「二次的要因」が徐々に積み重なり、それは確実に音色に影響するという考え方です。そしてその二次的要因の重要な部分を占めるのが「製作精度」、「美観」なのです。
このようにf孔の側面や糸倉の内部のニスの塗り方には幾つかのタイプが存在しますが、どれが最善の方法であるという事はありません。あくまでも製作の流派程度のものです。ただし、糸倉の内部の製作があまりにもいい加減な場合などは、確率的にですが、楽器そのものの製作精度も低いことが多いので気を付けてください。
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