マイスターのQ&A
ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
Q:弦の交換時期の目安は?またその時に一度に全て交換しても良いのですか?
A:よく「〜弦の寿命はどのくらいですか?」と訊かれるのですが、弦の寿命は楽器との相性や調整の具合、または使用目的によって異なります。従って、簡単に〜ヶ月とは言えないのです。弦の劣化は「外見上の劣化」と「音質の劣化」ですが、言葉で表現しにくいので説明が難しいです。強いて言えば倍音成分の乱れと、音の張りが無くなる事と言えるでしょうか。
弦の交換方法に関しては以前にも書いた事があるのですが、意味を勘違いされている方もいらっしゃるようなので、下にもう一度まとめて書いてみます。
- 弦の劣化と音色の変化
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全ての弦は使っている内に劣化します。もちろんそれと共に音も変わってきます。そしてその変化が使用にたえなくなったときが弦の寿命なのです。
劣化の原因としては、「巻線の傷み」、「内部の中心線の伸び」があげられます。巻線の傷みに関しては、汗の量や汗の質など演奏者の体質によって大きく異なります。人によっては、巻線がほとんど傷まないという方もいますし、逆にすぐに巻線(特にアルミ系)がボロボロになるという方もいます。また、指板の表面が乱れている場合には、それが原因で巻線が傷ついてしまうという事もあります。その他には、オーバーザッテルや駒の接触部分から巻線が傷むという事はよくある事です。このような巻線の劣化は倍音成分の出方に影響し、音程が取りにくくなってしまうのです。
「巻線の劣化」は外見上一目瞭然なので、ほとんど全ての方はそれが弦の劣化であるという事を認知しています。それに対して「弦の伸び」というのは外見からは判りません。しかしこれこそが弦の劣化の、すなわち弦の交換要因の主なものなのです。ほとんどの場合には音が丸くなり、こもった感じになります。ちなみに下に2つのイメージグラフを載せますが、楽器の特長や弦の種類によって、この「音の丸くなり、こもった感じ」になる度合(期間)は異なります。すなわち、楽器によって弦の寿命も異なるのです。
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上のグラフは、同じ弦をキャラクターの異なる楽器に張った場合の「音の出方と弦の寿命」のイメージグラフです。従って、具体的な数値に意味はありませんので気をつけてください。
赤い曲線は弦の倍音成分の出方です。弦は新品の時には明るくて張りのある音なのですが、使っている内に馴染んできて、さらに使っている内に音が丸くこもってきます。そしてある程度の時期になると寿命となるのです。
上グラフは元々が明るい音の楽器に弦を張った状態です。弦を張ってから弦が馴染むのに時間がかかる反面、弦の寿命は結構長いです。一方、下グラフのような元々音の柔らかな楽器の場合、弦を張ってすぐに音が馴染む反面、弦の寿命も早くやってきます。もちろん使用する側の要求度合によっても、弦の寿命は変わってきます。人によっては2週間で寿命とだという方もいますし、2〜3年も使い続けている方もいます。
このように弦の寿命というのは楽器のキャラクターや求める音色によって大きく異なるので、ご自分の場合にはどうなのかを判断しなければなりません。もしもよく判らないというのでしたら、専門家に判断してもらうか半年とか1年とかで定期的に交換される事をお勧めします。
- 弦はできるだけ一度に全て交換する
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弦はできる事ならば全て一度に交換した方が良いです。というのは、全交換をする事によって「新しい弦」の音色変化を体感できるからなのです。これはとても重要な事です。というのは、新品の弦の音を身体で覚えてはじめて、弦の寿命(弦の換え時)を感じる事ができるからです。
弦を長期間に渡って1本ずつ交換した場合、新品の弦の音が他の3本の音にぼかされてしまい、これまで使ってきた古い弦と新品の弦との違いを感じにくくなってしまうのです。この「変化をぼかす」という行為は、ある側面では意味のある事なのですが、弦の変化を身体で勉強するという意味からは良くありません。
このような新品の弦の音を身体で覚えるという行為は弦の交換時期を知るだけの事ではありません、色々な種類の弦の違いを知る(感じる)上でも重要なのです。というのは人間は絶対的な音色の判断基準は持ちにくいものです。しかしある基準の音を身につけていると、それとの比較で他の音を判断する事が可能になるのです。例えば私の場合にはヴァイオリン〜チェロまでゆうに100以上(弦の品名だけではなく、4本の弦によっても違います)の弦の音を判断しますが、これはそれらの全ての音を記憶しているからではありません。数種類の弦の音を基準にして、それとの対比として他の弦の音を記憶しているのです。これらは弦の種類だけでなく、楽器の音の違いなどにも応用が可能です。
一般の方々は我々業者のようにたくさんの種類の弦を扱う事はありませんし、またたくさんの楽器を弾き比べて判断するわけではありません。しかしご自分の楽器だけにおいても、調整の状態、楽器の健康状態などによって様々な変化を見せます。「基準音」を身につける事によって、これらを敏感に感じ取る事が可能になるのです。なお、この「基準音」というのはなにも「最高な音」という意味ではありませんので誤解しないようお願いします。
- 弦の交換方法
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さきほど「全てを交換した方がよい」と書きましたが、これを誤解されている方もいます。4本の弦を一度に取り去って交換するという意味ではありませんので注意してください。もしも4本とも一度に取り去ってしまうと、駒の位置が動いてしまったり、または魂柱が倒れてしまうなどのトラブルが起きてしまいます。
弦の交換方法は次のように行ってください。
- 1.古い弦を1本外す
2.新しい弦を張る
3.調弦する
4.駒の傾きのチェック。必要であれば傾き修正
5.再び調弦
6.次の弦を外す
7.以下同じ手順で
8.
9.
ちなみにどの弦から外していくかの決まりはありません。私は4番弦から順に換えていきますが逆からでもかまいませんし、または4、1、3、2番弦の順に換える人もいます。この順序に関してはさほど神経質になる必要はないでしょう。それよりも弦を張ったらいったん調弦をし、駒を修正して次の弦を交換するという事が何よりも大切なのです。
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