マイスターのQ&A
ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
Q:装飾を施されている楽器を見かけますが、音への影響はあるのですか?
A:装飾楽器のほとんどは貴族からの注文品か、または貴族への献上品で、ヴァイオリンの歴史の中の初期から中期(17世紀〜18世紀後半)にかけて数多く作られました。これらの楽器は音色を追求したものというわけではなく、どちらかというと「贅沢品」という権力の象徴であったと考えられます。ストラディヴァリも初期には装飾楽器を作っています。
装飾楽器が美しいことは間違いありませんが、現代においては音が悪くては意味がありません。そこで装飾が音色にどのような影響を与えるのかを書いてみましょう。
- 装飾方法の種類と音色的デメリット
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装飾の施し方には基本的に3種類があります。1つめは「象眼細工」による装飾です。これは楽器の板に溝を彫り込み、そこに黒檀や象牙、または樹脂などを流し込んで模様を描く方法です。この方は摩耗によって模様がかすれることがないので、装飾がいつまでも綺麗に残ります。またその技巧も見物です。
この方法による音色的なデメリットは、板に溝を掘るために、板の強度がとても弱くなってしまうのです。従ってこの様な楽器は長年の間に楽器が傷みやすいのです。また、新品の時点においても楽器の重さが重くなりやすいために、音色的には限界が生じてしまいます。
2つめは「ペイント」による装飾です。横板や裏板のニスの上から模様や貴族の紋章、絵画を描く手法です。この方法は音色的なデメリットがほとんど無い反面、楽器が古くなるにつれ、ニスの装飾模様がかすれてきて、みすぼらしくなってしまう欠点があるのです。本来の意味での「装飾楽器」とは言えないかもしれません。
3つめはほとんど見かけることはありませんが、「透かし彫り」による装飾です。最初に板をある程度厚めに作っておき、そこを彫ることで模様を残すのです。楽器の裏板などで見かけることがあります。
この手法の音響的な欠点は、やはり振動板が重くなりがちになることです。
中には始めに厚めに板を作っていないために、彫刻によって板の強度が足りなくなって、長年の間に損傷が激しくなっている楽器も見受けられます。
象眼細工装飾 ニュルンベルグ博物館所蔵
- ネックの彫刻
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ネックの渦巻きの部分が彫刻になっている楽器は時々見かけます。本来はバロック楽器に用いられる手法なのですが、胴体はモダン楽器なのに、ネックの頭だけは装飾の意味で彫刻しているのです。この様な楽器の場合、胴体に何らかの装飾が施されていないのなら、普通の楽器と同じと考えてもよいでしょう。ネックに彫刻が施されているからといって、音色的に特にデメリットがあるというわけではありません。但し、周りの人に、「バロック的」という先入観、偏見を持たれてしまうかもしれません。
- まとめ
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装飾楽器と音色の関係を一言で述べると、相反するといってもよいでしょう。もちろんだからといって「装飾楽器=音が良くない」とは言えませんが、装飾楽器の方がトラブルが起きる確率は高くなることだけは間違いありません。古い装飾楽器、または新しい装飾楽器(イミテーションなど)を購入する際には、「将来におけるトラブルの可能性」も覚悟の上で選ぶべきでしょう。
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