マイスターのQ&A
ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
Q:裏板の「柾目」と「板目」の違いを教えてください。
A:「柾目」と「板目」は、裏板の楓材だけではなく、表板の松材にも原理的には存在します。しかしヴァイオリン(族)製作の場合、表板に板目材を使うことはまずありません。裏板だけのことと考えてもよいでしょう。同じ材質の楓材でも、製材時に柾目材として採るか、板目材として採るかではその性質も見栄えも異なってきます。それらについて書いてみましょう。
ちなみに「柾目」のことを英語では「straight grain」、ドイツ語では「Spiegelschnitt」と呼び、板目のことを英語では「slab」、ドイツ語では「Schwartenschnitt」等と呼びます。
- 柾目材と板目材の製材の違い
- 柾目材と板目材との違いは材料の違いではありません。楓の丸太を製材する方法によって生じるものなのです。下図のように、柾目材は原理的に木材の直径の半分の幅の板しか採ることができません。すなわち、幅の広い板を必要とする場合には直径の大きな大木を必要とするのです。
- 一方、板目材は丸太の直径付近を利用できます。すなわち、板目材は小さな直径の樹から幅の広い板が採れるというわけです。
この様に柾目材と板目材とは製材の方法によって生まれ、当然ことながらその材料の価格も異なります。柾目材の方がかなり高価です。ヴァイオリン製作においては、ほとんどがこの柾目材が使われます。柾目材がヴァイオリンに使われるのは理由があるのです。しかし、時々板目材も見かけます。
- 見栄えの違い
- 先にも書きましたように、板目材の特徴は幅の広い材料を得ることができる事です。従って、板目材をあえて使いながら2枚接ぎ(中央で2枚を接着している)の裏板はまずありません。「板目材の裏板」=「一枚板の裏板」と思ってもよいでしょう。
さて、柾目材と板目材の模様を比較しやすいように、両者共一枚板の裏板の場合で比較してみましょう。
- 上図のように柾目材の裏板の特徴は木目が平行に入り、そしてあまり目立たないことです。一方、板目材の裏板の場合には地図の等高線のように、隆起に沿ってギザギザの木目模様(実際はもっと複雑な文様となります)が現れてしまいます。好みにもよりますが、これではせっかくのきれいな杢の模様を台無しにしてしまいます。しかしその逆に、この奇妙な文様を目的として、板目材が用いられることが多いのも事実です。
ちなみに杢の模様自体は、柾目でも板目でも同じように現れます。
- 板の反り・縮み具合
- 柾目と板目の材料は上記の様な、いくつかの特徴があります。しかしその中で一番重要なのが、両者における「縮み方と反り方の違い」です。
楽器は湿度変化や木材の乾燥過程において絶えず伸び縮みしています(これは数十年間自然乾燥させた木材においてさえも言えることなのです)。そして、その収縮によって板に反りが起き、楽器の中に歪みが生ずるのです。こうなってしまうと、響板が剥がれてしまったり、または楽器自体が歪んでしまったり、酷い場合には響板が割れてしまったりします。
さて、下図を見ると分かりますが柾目材は木目が板の面に対して直行していますので、木材の収縮方向は下図矢印のようになります。このような木材の場合、木材に反りは生じません。
すなわち柾目材とはヴァイオリン製作において理想的な木材の製材方法なのです。しかし、これは何もヴァイオリン製作にだけ当てはまるものではなく、建築、家具製作などほとんど全ての木材使用において、柾目材は理想の製材方法と言えるのです。
- 一方、板目材の場合には木目が板の平面に対して平行方向(正確には年輪は円弧状です)にはいっています。このような板の収縮方向は年輪に対して直角方向になりますので、板の収縮率が各部分で異なってくるのです。これによって板に反りが生じ、それは結果的に楽器の歪みに繋がります。板目製材の木材がヴァイオリン製作において殆ど用いられないという理由はこのためです。
- 価格
- 良質な木材は大木であるほど非常に高価になります。従って同じ幅の一枚板の裏板を得るためには、単純計算で2倍の直径の原木を必要とする柾目材が、板目材と比べてかなり高価になることは当然のことです。
- 最後に
- これまでヴァイオリンにおける柾目材と板目材の比較をしましたが、基本的には柾目材の木材以外は使われないと思ってもよいくらいです。
古くは板目材の奇抜な文様を楽しむために板目材の裏板を使った楽器も多くありました。しかし、現代の製作においてはほとんど見られません。というのは、ヴァイオリンという楽器の寿命(れっきとした性能の一部です)を、当時の製作者が考えていたよりももっと長い目で考え、製作することが現代製作において常識となったからなのです。すなわち、ヴァイオリン製作における目標レベルが上がっているのです。この様な意味から、より理想的な製作方法(今回の内容で言えば、柾目材を使うということです)を追求するのが現代製作の流れとなっています。
もっとも、性能第一主義ではなく、もっと遊び心(板目の文様、装飾、等)のある楽器製作をする事もある意味では大切なことかもしれません。その辺りは反省もすべき所です。
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