マイスターのQ&A
2012年3月25日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
Q:ヴァイオリン用のディスプレイ棚を作りたいのですが、注意点を教えてください
A:ご自分の所有している美しいヴァイオリンを、演奏するだけでなくガラス扉付きの棚に並べて、インテリアとしても活用したいという気持ちはわかなくはありません。私はこれまでにも何度か同様の相談を受けたことがありますし、実際に棚を特注で作った方もいました。しかし、トラブルが生じる可能性が高いので私はお勧めしません。
光りとニスの退色
弦楽器のディスプレイ棚を作る以上おそらく大きなガラス扉を用いて、楽器がはっきりと判別できるような、楽器の美しさを最大限アピールできるような棚を設計すると思います。それは「楽器に強い光りをあてる」ということでもあります。場合によってはディスプレイ棚の中に照明を設置することもあるでしょう。
楽器に直射日光を長時間当ててしまうと楽器が傷んでしまうということは、皆さんご存じです。しかし、「直射日光でなければ問題ないのでは?」と思われている方も多いのです。または「ガラスは紫外線のほとんどを吸収するので問題ない」と思われている方も多いのです。もちろん完全に間違いではないのですが、「100%安心」とは言えないのです。
かなり前になりますが、ピアノの上にヴァイオリンを日常的に置いていた方がいらしたのですがそのヴァイオリンは表と裏で、さらに中心線をまたいで上と下で明らかにニスの色が異なっていました。もちろん、そのピアノの場所は直射日光が差し込むようなことろではない、「普通の室内」とのことでした。すなわち、「普通の室内」の光り(灯り)でも何らかの退色作用は起こるわけです。ということは、同様に楽器を室内に吊したりして保管しておく方法も、ニスの退色という意味では褒められた保管方法とは言えないわけです。
また別の方は、家の新築のついでに「愛機」の展示棚を作ったそうです。まさに今回の質問の内容と同じです。詳しい構造まで聞いたわけではありませんが、本人曰く「楽器を傷めないように考えて・・」とのことでした。しかし現実問題、楽器のニスの退色が確認できました。
楽器店の展示と個人宅の展示の違い
よく楽器店で、美しく陳列された楽器棚を見ることができます。自分の愛器をこのように展示して、自分自身が見とれたり、または家を訪れたお客さんに見てもらいたいという気持ちはわからなくはありません。しかし、楽器店のそれは「販売のための道具」であるという事を認識しなければなりません。楽器のために行っているわけではないのです。その証拠に、本当に高価な楽器は、常時灯りの当たる展示ケースなどには保管したりはしません(防犯の意味もありますが)。
また、楽器店では、展示ケースに並べている時間は、楽器が売れるまでの短時間でしかありません。数日から、長くても1~2年間くらいでしょう。このような短時間の展示では、楽器への悪影響も少ないのであまり深刻に考える必要はありません。しかし個人の場合、一旦展示棚を作ると、場合によっては50年間も同じ状態で保管してしまうわけです。微々たる影響でも、結果的に悪影響を及ぼしてしまうかもしれないのです。
楽器はケースに入れて保管するのが基本
今回の質問に対しての私の結論ですが、家庭における「展示棚」には反対です。楽器は基本的にケースに入れて保管しておくことをお勧めします。もっとも、温度・湿度管理がきちんとされた「防湿庫」などで保管しておくことは悪いことではありません。しかしあくまでも「保管」のためのケースであって、欲をだして「展示」まで行ってはいけません。できることならば「暗室」または「薄暗く」すべきです。先にも書きましたが、我々業者が行っているのは「販売のため」であって、それをまねしてはいけないのです。自分の大切な楽器に、いかに悪影響を及ぼさずに保管するかを考えることは、とても大切なことです。