マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:新作楽器は、製作された国によって優劣がありますか?

:楽器に少し詳しい方は、「この楽器はいかにもイタリアらしい」とか、「***製だからダメ」とか言います。これはアマチュアのみならず、プロの演奏者でもこのようなことを言う人が多いです。
 答えからもうしますと、現代においては、国によっての楽器の質に差はありませんし、また国によって、楽器の質にランクはありません。現代におけるヴァイオリン製作は、製作国による特徴(優劣で)はなく、製作者によって決まるのです。

製作技術の伝達速度
 昔は交通網が発達していなかったために、情報が伝わる速度はものすごく遅いものでした。例えば、ある場所で普及していた製作技術が他の場所に伝わるためには、製作者が移住し、技術を修得し、そして再び移住し、さらにその地で根付いて信頼されてその技術を教えるまでの、とても長い時間が必要とされました。そしてその上に、その流派が定着するためには、さらに数人の製作者に技術が修得される時間が必要です。このための時間は数十年間はかかったことでしょう。
 このような理由から、昔はそれぞれの土地に特徴のある「流派」が存在したのです。しかしその「流派」は固定的なものではありません。時間と共に変化しています。ですから本来ならば「***年頃の、@@@土地の特徴は・・・」という話し方が正しいのです。

当時の国家体系
 また、楽器の歴史についての知識無しにも、「楽器と土地の関係」を考えることはできません。例えば、ほとんどの方は「イタリア」、「ドイツ」、「フランス」・・・・等と、国と楽器の特徴を知りたがるのですが、実際には当時は今と国(国境)の仕組みが異なるからです。具体的に言いますと、当時は神聖ローマ帝国として統一されていた反面、実質は小国家の集まりで、自由な交流があったのです。このような現在とは全く異なった国家体系において発達したヴァイオリン製作地を、現代の国家体系と結びつけて考えるのには、ずいぶんと矛盾があるのです。
 このように楽器のことを真に理解したい場合には、ヨーロッパの歴史を勉強するとよいのです。このあたりに一番詳しいのは、ヴァイオリン製作者の無量塔蔵六氏ですから、詳しく知りたい方は彼の著書や手記を読むことをお勧めします。
 ヴァイオリン製作者と、歴史について勉強すると、様々な製作者があちらこちらに移住して、そして結果として製作技術が移動していく様子がうかがえます。ヴァイオリン製作の中心地も、それと同時に移動します。例えば最初の中心地はドイツのフュッセン辺りだったのですが、そこから様々な土地に製作者が移住。そして花咲いた一つがクレモナを中心とする北イタリア地方(今のイタリアとは国が違います)です。ドイツ・ミッテンヴァルトなどは、この北イタリアからの製作技術がもとになっています。ウィーンやヴェニスなどは、フュッセンの影響を大きく受けていますし、このようにヴァイオリン製作と、製作者の流れ、またはヨーロッパ史とは切っても切れないものなのです。
 例えば日本の人々はチェコ製の楽器をバカにしますが、ヴァイオリン製作の歴史から見ると、チェコはれっきとした「製作の中心地」の一つです。そして素晴らしい作品もたくさん残しています。特に戦後の冷戦時にできた国境感覚をそのまま、ヴァイオリン製作の考えに持ち込むと、大きな誤解を生じてしまいます。

現代のヴァイオリン製作
 話が少々ずれてしまいましたが、このように昔は土地によってヴァイオリン製作の特徴がありました(先にも述べたとおり、この特徴は流動的です)。その上にヴァイオリン製作者自体が少なかったために、楽器を見るだけで、「この楽器は***の楽器」と言えるのです(完全ではないですが)。
 しかし現代においては状況は全く異なります。現代の情報の伝搬時間は昔に比べたら「0」と言ってもよいほどです。一つの情報は、1ヶ月間もあれば世界を駆けめぐります。ですから現代の製作技術が、一つの土地に固定されるということはまずあり得ないのです。
 現代の製作者はものすごくハングリーです。有名なコンクールでの金賞作品のスタイルなどは、全世界的に流行ることもあります。また、新しい製作理論、道具などが発表されると、多くの製作者が試します。このように、現代の製作者の価値観は、一つのものに縛られてはいないのです。ですから昔のような「地域性」は出ません。例えば、私の現在のスタイルは「J.カントゥーシャ氏風」です。少し詳しい人ならば、そう言うでしょう。それならば、私は「ドイツ・ミッテンヴァルト風」なのでしょうか?それは違います。カントゥーシャ氏の作風はどちらかというとミッテンヴァルトの流れではないのです。
 また、ヴァイオリン製作学校の人種だけを見ても国際的です。クレモナの学校にも、ミッテンヴァルトの学校にも、東京ヴァイオリン製作学校においても多くの外国人が勉強します。そして彼らはそれぞれの地域へと散らばっていきます。このような現代において、国と楽器の特徴のみを重要視して語ることはナンセンスといえるでしょう。

良い楽器とは
 ここまでくどくどと述べたのは、良い楽器を探す上で、製作国に偏見を持ってはいけないということを言いたかったからなのです。良い楽器とは、「どの国で作られたかではなく、誰が作ったか」なのです。
 楽器の本質とは楽器自身が持つものであり、周りから影響されてはならないと思います。すなわち、良い楽器とは自分の素直な目と耳で選ぶものであり、外野の声やラベルなどの価値観に足を取られてはいけないと思うのです。しかし、いかにそうのような選び方が多いことか・・・。値段が高くなるにつれ、そのような選び方が多くなっていることが残念でなりません。本来ならば、初心者よりもベテラン(高い楽器を買う)の方が、より確かな目で楽器を選べるはずなのに・・・。

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