マイスターのQ&A
2013年1月13日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
Q:チェロのエンドピン棒の交換の難しさとは?
A: 私の工房に長くいらしてくださっているお客様にはいませんが、初めて工房にいらした方でよく見受けられるのは、チェロのエンドピン棒をご自分で、通販やいい加減な楽器店から安易に購入して使っている人がとても多いということです。実際、ネット上には安直で無責任な「~って商品(または部品)、いいよ」みたいな情報が飛び回っています。しかし、ネット上でいい気になってアドバイスをしている人こそ、本質が何も判っていない人と言い切ってもよいでしょう。本当に判っている人ならば、その難しさが判っている故に答えられないはずなのです。インターネット通販でも、商品を技術的な根拠無しに、あまりにも無責任に売っているのが残念ながら現状であり、そしてそれが最近の流行なのです。残念です。
エンドピン棒の剛性と直径
多くの方は、エンドピン棒を刺し替えて音が良く感じたら「はい、これで完了」と思っているのでしょう。ところが調整とはそんなに甘い世界ではありません。例えば仮に、最初に出た音が好印象に感じたとしても、エンドピン棒の剛性が低い場合には、楽器の出にくい音(例えばヴォルフ音とか詰まりやすい音域)において、楽器がぶれてしまい(逃げてしまい)弓と弦との摩擦力が途切れてしまうのです。例えばあるエンドピン棒は、カーボンファイバー製なのに8mm径が故に剛性が足りなかったり、またあるエンドピン棒では10mm径のカーボンファイバー製なのに中空で剛性不足になっていました。またあるエンドピン棒では真鍮を部分的に使っているので重い割に剛性不足になっている製品もあります。多くの方は、この「剛性不足」から出る音の明るさを「良い音」と勘違いしているのです。しかし先にも書きましたように、剛性不足によって楽器にぶれが生じると、全音域における音色と発音特性に大きなムラが生じてしまうのです。
またそれだけではなく、エンドピン棒だけをいい加減な気持ちで交換してしまうと、同じ8mmまたは10mm径のエンドピン棒でも製品ごとに微妙に直径が異なっていてビリ付きが生じたり、ビリ付きが生じないまでも楽器に微妙な不安定さが生まれて、それが実際に摩擦力の差、すなわち音の違いとして表に出てしまうのです。
エンドピンの角度は正しいか?
私が「エンドピン棒の交換」を提案する場合には、まず最初に必ず現在のエンドピン棒の角度が正しく装着されているのかをチェックします。そこでエンドピン棒の装着角度が悪い場合には、エンドピン棒の固定具の装着角度を修正して(エンドピン穴を埋め直して)交換します。エンドピン棒と固定具はセットとして作られていますから、エンドピン棒だけを交換するという調整は、ほとんどないと言ってもよいです。
下の図を見ていただければ一目瞭然ですが、正しい角度で装着されたエンドピン棒は、楽器にかかる力をエンドピンに沿って、素直に床に伝えます。こうすることでエンドピン棒にはたわみが生じにくく、楽器がぶれずに安定した摩擦力を保つことが出来るのです。さらに、エンドピン先が床に食い込みやすく、滑りにくいのです。一方で間違った角度のエンドピン装着では、エンドピン棒がしなりやすく(床への突っ張りがない)、結果として演奏や音に悪影響が生じます。さらに楽器が滑りやすく、演奏にも支障を来してしまうことでしょう。両者では弾きやすさも(楽器の安定度)、実際に出る音もかなり違ってくるのです。
また、当然ですが楽器の中心の延長線からエンドピンが左右に大きくずれて装着されているようでは良くありません。このような当たり前の装着技術も、いざ行おうとすると意外と難しい技術なのです。実際、エンドピンが左右に大きくぶれて付いている楽器もたくさん見受けられます。ご自分の楽器もチェックしてみてください。
エンドピンの装着技術の差は、エンドピン棒の角度や向きだけではありません。テーパ加工の精度と、きつさ調整の度合いもあります。例えば、最初にエンドピン穴とピッタリの太さに削って合わせてしまうと、数年後にゆるゆるになってしまうからです。最初はきつめに加工しなければならないのです。
楽器のその他の調整との相性も
何もエンドピン棒の話しだけに限りませんが、部品単体だけで「調整」を語ることは不可能です。楽器の特徴・特性やその他の調整との関係を総合的な見地から考えて、そしてきちんとした加工技術のもとで調整は行うべきです。厳しいことを言うようですが、よほど「自分は楽器や調整に詳しい」と自負している演奏者(プロ・アマチュア問わず)でも、我々専門の技術者から観れば「何も判っていない」というレベルです。お客様がご自分で勝手なことはすべきではないと思います。結果的に無駄なお金の使い方になってしまいますから。
一見単純に思える修理・調整技術も、とても複雑な要素を含んでおり、それを確実に適格に、そして高精度で行える技術こそが「求めるべき物」なのです。
まずはきちんとした技術と信頼のある楽器店(または工房)で相談してください。面倒くさいようですが、これこそが「最短、最善の道」です。