マイスターのQ&A             ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:ヴォルフ音とは何ですか?その原因は?そして無くすことはできるのでしょうか?

:特にチェロ、バスの演奏家には、ヴォルフ音に頭を悩ませている方が多くいるかと思います。そして色々な試行錯誤をしているのではないでしょうか。
 結論から申し上げますと、ヴォルフ音は消すことはできませんし、また理想的に移動できるものではありません。従って、非常に難しい調整が必要になってきますし、またある意味では「諦め」て、ヴォルフ音と仲良く付き合っていくことも重要なことなのです。
 ヴォルフ音を理論的に知ることは、ヴォルフ音の「調整」、「付き合い」の上で一番大切なことなのです。

1・ヴォルフ音=うなり
 ヴォルフ(ウルフ)音とは、音のうなりです。この「うなり」とは、非常に近い周波数の音どおしが重なった場合に起きる、あの「ウォン、ウォン」というのと原理は全く同じ。例えば、音程の狂ったピアノなどで、よく見受けられます。そうそう、以前、「新幹線のぞみから、うなり音が発生!設計ミスか?」という記事もありましたね。
 弦楽器における「ヴォルフ音」も、原理は全く同じです。神秘的なものでも何でもないのです。もちろん、演奏者にとっては頭痛の種ですが、原因さえはっきりしていれば、対策の可能性もあるかもしれません。
 ヴォルフ音はチェロにおいて特に有名ですが、ヴァイオリンからコントラバスまで、全ての楽器に存在します。しかし、その楽器の音域や容積の関係から、ヴァイオリンやヴィオラでは、単に詰まった(鼻にかっかたような)感じにしか聞こえないのです。従って、ヴァイオリン奏者やヴィオラ奏者では、ヴォルフ音で頭を悩ませている人は少ないかもしれません。しかし、チェロとコントラバスは音域が低いので、ヴォルフ音は目立ちます。ちなみに、コントラバスのヴォルフ音を知っていましたか?「ボーッ」という感じで鳴ります。
2・2種類のヴォルフ音
 次のグラフは、あるチェロを測定したものです。詳しいことは省略しますが、楽器を視覚的に表現すると、こうなるのです。このグラフから、ヴォルフ音の原因を探してみましょう。

   

 楽器はそれ自身、特に振動しやすい周波数(モード)をたくさん持っています。上のグラフでは、矢印で指し示しているところを含めて、グラフの山の部分全てです。
 これらのモードの中のある特殊なモード(矢印の部分)が弦の振動を吸収し、そして、自分自身が振動してしまうのです。すると弦の振動と、楽器の振動とが微妙にずれてしまい、結果として「うなり」が生じてしまいます。またいくら弓で弦を振動させようとしても、弓がはじかれてしまう感じになってしまいます。これがヴォルフ音です。良く鳴る楽器に、ヴォルフ音が目立つということも、これで納得していただけると思います。
 楽器の持つ「モード」には2種類あります。一つは、楽器そのものが持つ「楽器の箱モード」であり、もう一つは、開放弦が振動してしまう「弦による見せかけのモード」です。従って、これらが原因で生じてしまうヴォルフ音にも、2種類あったのです。試しに、ヴォルフ音の出る音を弾いている最中に、他の開放弦を軽く押さえてください。もしもこれでヴォルフ音が弱まるようなら、そのヴォルフ音は、「見せかけのモード」によって起こっていたわけです。また、楽器の一部分を押さえることによって、ヴォルフ音が小さくなる場合には、そのヴォルフ音は楽器本体の持つモードが原因で起きたものです。
3・ヴォルフ音を無くすことはできない
 残念ながら、ヴォルフ音を無くしてしまうことはできません。なぜならば、ヴォルフ音とは楽器の欠陥ではなく、楽器の一部だからです。ですから、ヴォルフ音でいつも頭を悩ませている方は、こう思いなおしてください。「良い楽器だからこそ、ヴォルフ音が目立つ」、と。
4・調整の可能性
 ヴォルフ音を根本的に消し去ることはできませんが、調整によって移動することはできます。ヴォルフ音が、音階の上に重なってしまった場合には、その位置を少しずらすと、気にならなくなる場合もありますね。
 但し、この方法は欠点もあります。それは、その他の音に影響が出てしまうということです。なぜならば、ヴォルフ音とは楽器の持つ性質から生じる現象です。従って、ヴォルフ音に変化を与えるということは、楽器の性質に変化を与えるということであり、それはすなわちヴォルフ音以外の音が変わってしまうということなのです。



ここで、ヴォルフ音の調整方法と、その悪影響について簡単に書きます。

楽器の性質である「箱モード」によって起こるヴォルフ音の場合
*表板や裏板の一部分に細工をして、楽器の振動特性を変えてしまう。
 例・・・表板や裏板の交換。表板や裏板の一部分に、振動吸収ゴムなどを付ける。

*楽器の周辺部分の振動負荷を変化させて、楽器の振動特性を変える。
 例・・・周辺部分に重い物を取り付ける(ヴァイオリンの場合には、肩当てなど)。エンドピン、テールピースの交換や、エンドピンの長さを調整。

*ヴォルフ音の出る弦の音量自体を押さえてしまう。
 例・・・ヴォルフ音の出る弦端に、「ヴォルフ・キラー」という重りを付ける。テールピースを変える。テールピース端から、駒までの距離を変えてみる。
「弦による見せかけのモード」によって起こるヴォルフ音の場合
*開放弦の振動特性を変化させる。
 例・・・開放弦端にヴォルフ・キラーを付ける。テールピースを変える。テールピース端から、駒までの距離を変えてみる。演奏中に、開放弦を押さえる(??)。
悪影響
 ヴォルフ音を操作した場合には、必ず何らかの影響が出ます。というのは先程も述べましたように、ヴォルフ音が変化するということは、すなわち、楽器の振動特性が変わったという事だからです。ですから、「ヴォルフ音を消したい」、けれども「今までの音は、変えないで」という、都合の良い話は存在しないのです。

ヴォルフ音を操作したための影響は、次のように出る場合が多いです。
  *音量が小さくなった。
  *発音が鈍くなった。
  *音に張りが無くなった。
 これらは、先の操作を行ったことによって起こり得ることで、そして説明もできる物理現象です。ヴォルフ音を操作するときには、それをする事によっての、メリット、デメリットを考えて行わなければなりません。
5・まとめ
 ヴォルフ音と付き合うためには、ヴォルフ音を理解することが必要不可欠です。そのことが「正しい調整方法」を探したり、最終的な「楽器の音への納得」へもつながります。
 自分の楽器に対して、いつも不信感を持ち、首をかしげながら演奏し続けるより、自分の楽器を理解した上で、割り切って演奏する方が、より素晴らしい演奏になると思います。例えば、今の自分の奥さんに「世界一の美女になれ」、と言っても、それは無理。だけれども、その人の範囲でならば、いくらでも綺麗になれますよね。そのために必要なのは、相手の認識と理解です。楽器との付き合いも、全く同じと思うのですが・・・。楽器はパートナーですから。

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