粘性溶液
Peter Forresterによる、15世紀、16世紀のニス処方の考察
翻訳 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木 朗
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Mary P.Merrifieldよって1849年に書かれた、「芸術における彩色の処方」という専門書を読み、Fultonニスについて初めて興味を持ったのは、もう10年近く前の事である。その中で彼女は、リュートに適したニスの中から、2つを取り上げてその処方について語っている。この事から私は次の2冊の本へと導かれていった。それらは1847年に書かれたCharls
Lock Eastlakeによる「オイルペイントの歴史」と、1892年にG.H.Hurstによって書かれた「画家によっての色:オイルニスとアルコールニス」である。MerrifieldとEastlakeは共に、17世紀から19世紀にかけての、画家達の絵から透明な色についての知識を得ていた。そしてまさにその理論の手法によって絵をかいてみせたのだ。またHurstの述べている方法は、19世紀の産業の発達によって初めて可能になったように思える。
私はまだFultonのニスの処方について少し不明解の所を持っている。なぜならそれはテレピン油(turpentine)から始まるからだ。テレピン油はPlinyの時代からずっと知られていた(Pliniyはレジンとバルサムをろ過用の布をかぶせた容器の中に入れ、それを暖め、次に布を絞ることによって生成される)。その様なテレピン油はルネッサンス、バロック時代の終わる頃には非常に高価な物として扱われていた。何故ならその当時は精練の技術がまだ発達していなかったからである。またそれに対しての需要もほとんどなかったと思える。最初はオイル成一分による希薄についてであるが(それは明らかに必要な行程である)そのことについて、私は1634年の本に書いてあることを見つけ出した。それはアムステルダムの家具職人が、2オンスのオイルとアルコールとをそれぞれ加え、サンダラックニスとして使ったというものだ。そして、熟した後に残った樹脂は明らかに松の樹脂で、それか松やにとして使われたのだろう。
Hillの書いたストラディヴァリの本の中で、1526年の手紙が引用されているが、そこには「リュート製作者のSigismond
Malerが彼がリュートに使っているにニスの処方を私に教えてくれる約束をしてくれたので、非常に待ちどうしい。」と書かれている。そのことから、その技術は特に難しいというものではなく、一般的なものであったと想像できる。
初期においてニスは、乾燥を促進するためにオイルを混ぜた。それは通常VanEycksによって行われ始めたとされている。Eastlakeの本では、この様なオイルニスの技術的進歩の事にそのほとんどが費やされていた。その当時の画家達の課題は、明らかに、淡い色のニスを作ることで、その当時の彼らのつくり得た一般的なニスでは不満足だったのだ。これに対して楽器製作者達は、何にもまして素晴らしい濃いニスを追い求めた。
リュートを調弦している少女の絵(Liechtensteinコレクション1626年)で有名な画家のGentileschiは、当初優秀な音楽家として名を広め、後にイギリスの宮廷画家の地位に看いた。Eastlakeはその様な彼が、リュートの色に、イタリアの色行商人が売っていた、琥珀色のニスを使ったと書いている。しかし「琥珀色」という言葉だけでは、その色を表しているだけで、その作り方については何もわからない。varnish
(vernix)という言葉はおよそ1500年位に、中世ギリシアの琥珀(vereniceまたはberenice)を意味する言葉が、透明で、色を持った樹脂の化石のvernice
liquida(後にsandarac樹脂と呼ばれ、ニスを作るときには必ず使われる。)を指し示すように変わって行ったのだ。琥珀自身は時々ニスに使われるが
(vernice liquida gentile)、普段使うには余りにも高価すぎでいた。そのニスを使った場合は、他の樹脂を使った物よりも、濃い色のニスになった。
イギリスでサンダラック樹脂は、赤色のニス (verniseum rubeum)のために使われた。それはウエストミンスターでの、13世紀から14世紀の間についての記述に記されている。一方イタリアでそれは時々grassaと呼ばれた(琥珀はgrassaまたはcarabeであった)。しかし最も一般的に使われた呼び名は、vernixまたは
gum juniperであった。当時それはビャクシンの樹(juniper)から取れると信じられていたからだ。その樹脂は硬く、もろい樹脂で、暗いニスを作るのに用いられたようである。ウエストミンスターの記録に残っている白色の樹脂は非常に高価で、それはおそらく16世紀初頭からイタリア人達によって使われ始めたマスティックであっただろう。それは普段はもろいが、低い温度では柔らかく、チューイン・ガムとして用いられた。そしてそれによってサンダラックで作るものよりも淡い色のニス(vernice
chiara)が作れるようになった。3番目の樹脂として上げるのは、ウエストミンスターで使われた樹脂の中で安価なもので、"gum
thus(松からにじみでている、ねばねばした物)"を熱して作り出すテレピン樹脂だ。それは「Greek
pitch (pece greca, pegloa, glorie)」と呼ばれた。
たとえその方法では不純物を含んだものしかできないにしろ、それは明らかに「樹脂」の製造方法なのだ。現在において、樹脂のニスに対する有効性への考え方は異なってきている。Ralph
Meyerは彼の「画家のためのハンドブック」(1951)の中で、樹脂を含んだ絵の具やニスは弱く、耐久性がなく、次第に色が濁り、ひびも入ってくるであろうと言っている。安く生産するために大量に樹脂を入れて作られた物は、一般的に低品質である。そしてそれは最終的製品の絵の具やニスの品質も落とした。
1892年George Hurstは彼の「画家のための色、オイルそしてニス」の中で、輝きはあるが、硬くてもろいニスよりも、少量のオイルか樹脂を混ぜたニスの方が耐久性かあると述べている。
Dionysiusは、樹脂は150℃位で熱せられるのが最も良いと言っている。それでテレピン油やpyrolic酸、樹脂のアルコール溶液やオイル溶液などは変質したり、蒸発してしまったりする。テレピン油の大量生産においての最大温度は135℃なので、この事はHurstが言っている「大量生産品の質の悪さ」ということと一致している。イタリアにおいて初期のうちは、このpegolaまたはpece
grecaがサンダラックと調合されて使われていたと思われる。このサンダラックは溶解の手助けをし、また素晴らしい光沢をもたらす。この様にしてできあがったそれは、単独で一般約ニス(Vernice
comune)の樹脂成分として使われる。評判によれば、それは淡い色と、高い光沢を持つ。
ここにサンダラック、マスティック、松脂の3つの樹脂がある。これらを一緒にアマニ油か胡桃油で溶かすと、EastlakeとMerrifieldの捜し求めた処方の中で、最も標準的なものかできあがるのだ。50〜60もの作り方の中から、私が適当なものとして選んだのは、次に上げる数種類であった。
以前私自身の調査で、初期における2つの処方に着いて触れた。そのうちのひとつは、Morleyか1692年に述べている方法で、そこで彼は「8オンスのテレピン油を1オンスの分量になるまで煮つめる。そして次にパウダーをまだ暖かいテレピン油に入れて溶かす。」と言っている。これに対してBrusselsによって1700年に書かれた本では、「一般的なニスにはテレピンが用いられ、そのテレピン油とresin
pitchが混ぜられて使われる」と書いてある。 私は残念ながら、テレピンの中に何種類かの松脂の粉を溶かし、それを木の表面に応用する方法がまだ部分的にしかわかっていない。ニスを完全に乾かすのはとても大変で、数ヵ月かかってしまう。しかし私は最近この問題に対して、別な方法の解決策を見つけ出した。19世紀の間、ロシア産テレピンはScots
Pine (inus sylvestris)から取っていた。一方pinus sylvestrisからはまた、fir
seedオイル、乾燥油、Hurstの言っている"brownish-yellow"も作られている。そしてこれは乾燥も早い。18世紀のスペインのPalominoという名の著者は、絵画の事に着いての本を書いているが、そこで彼はpinus
sylvestrisを白色か青色に使うことを推薦している。私はこのテレピンからできる2種類のオイルの、作り方からfir
seedオイルとテレピン油が同じ物であるという結論に達したのだ。
私自身の実験は、MerrifieldやEastlakeのニスの作り方からまず始めた。その準備は主に屋外で行われた。私が使った電熱線は熱するものの量がどんなに多くても、500〜510℃の温度を出すことができる。これはちょうど鳥の羽が焼き焦げるほどの温度である。ほうろうのシチュー鍋、伸び具合いを調べるためのナイフ、急に冷やすのに必要な冷水を入れるためのバケツなども準備された。私が楽器に塗ってみた全てのニスは、必ず松脂が関わっていた。この事についての記述はかなり昔からある。従って私はまず、別な方法による物から触れていく。
最初はサンダラック樹脂、vernice liquidaについてであるが、私はこれらを粉末状にして沸騰しているオイルの中に加えた。しかしこの実験はほんの少ししか効果を示さなかった。樹脂無しの状態で予め作って置き、2つの容器でそれぞれ別々な処理を行ってみた。それはHurstの述べていた大量生産方法である。その方法では樹脂とオイルをそれぞれ単独で熟しておくが、少し時間を置いてからではなく、まだ熱いうちに樹脂をオイルに混ぜてしまうというのは考えられない。この事は、私が実験中混合溶液を火にかけようと思った瞬間、偶然に、樹脂をオイルに溶かす前に溶かしてしまう方法を思いついたのだ。つい最近の事、濃い色のニスを得ようと試みていたときに、私はまだ熱い樹脂に、冷たいオイルを直接注いでみたのだ。この操作によって完璧な素晴らしいニスができあがったのである。しかしここにまだひとつ問題がある。樹脂をその重さが最初の状態の6分の1位になるまで濃縮しても、それでもニスはまだ全く薄い。それを楽器に塗っても全然見えないのだ。ちょうどGentileschiが初期に置いて、リュートに塗ったそれと似ている。2つの容器に分けて作る方法のまずいところの原因は
、ニスを煮込む時間か少ないために、その様に薄い色のニスになってしまうのだろう。しかし琥珀色を出すには、この方法が最も良い方法である。
マスティックを使ったvernic chiaraのについては、それ色がたとえ絵画に使うにはちょうど良いというにしろ、楽器に使うにはかなり淡過ぎる。これ以外についてはなんら問題点はない。しかしそれは樹脂を長い間熱することによって、より濃くすることができる。この様にマスティックによるニスは良かったのだが、マスティックの値段と、その直後に松脂によって作られたニスが成功したために、その後長い間その試みは行われなかった。
私はドラゴン血も試してみた。これによって赤茶色のニスが作れるのだ。それで私は1980年に、実際にcitternを塗ってみた。注意するべき事は、その赤色が薄くなってしまう事である。その色あせは、私の楽器店のある楽器においても起こった。これは非常に重要なことである。
私の"gum thus"はCorsian Pineの木から取り、それは私しか使っていないと思うが、私はMaritime
Pine(French turpentineが取れる)など他の数種類の松についでもまだ試みている。Scots
Pineの樹脂は、Corsian Pineのそれよりも硬い。初めに私は、Mt.Athosのニス処方箋からpece
grecaを作る方法をまねた。それはgumを弾力性が出るまで熱し続け、次に冷ます。それを数回繰り返し、最後に水の中に落とす。一方でそれと同量のオイル(極上のvernice
comune)を熟し、これによって上質の即乾性ニスを作るというものだ。しかしgumは最初に比べて、質量がおおよそ半分に減ってしまい、できあがったニスはがっかりするような淡い色だった。次に行ったときには、gumを熱する時間を大幅に減らし、より色の濃いニスを作ることができたのである。松脂はマスティックやサンダラックを処理するのに最も馴染みやすいようである。
私は4種類の松脂から作ったニスについて実験した。それらのニスは明るいもの、中位、暗い、少し濃い4種類で、少し濃い色のニスには赤みがけるために、未加工の琥珀を入れた。ニスの色は主にgumとpitchとの分量の加減に影響されるようである。本当に新鮮なgumの割合は、明るいニスはgumをおおよそ50%減らすと作ることができ、1/5〜1/4減で中位のニス、暗いニスになるとたぶん6倍から8倍入っているだろう。またgumの新鮮度に対する影響力の違いも明らかにあり、木の状態で長くたっているものは揮発しやすく、蒸発しやすい。古いgumによって作ったニスは、余りにも色か濃すぎたために、その後私はgumの量を50%減らして作った。最終的に、gumとアマニ油(またはstandオイル)とテレピンの比率は、各々の重さの1:2:3になる。
おおよそ半ポンドのgumをほおろうの鍋に入れ、それが液体になり、その重さが減るまで熟し続ける。温度は常に300℃周辺に保ち、それを10〜30分間続ける。それが終わり、温度か140℃まで下がったら、FultonやDionysiusが述べていた弾力性が出てくるのだ。その時火から瞬間的に遠ざけたり、長く遠ざけたりし、その操作を何回か繰り返すことによって膨張が起こり、弾力性が生まれる。私はこれまで一度も、危険なほどの激しい反応を見たことが無い、その理由はおそらくgumがそれまでに木の状態において、部分的に酸化してしまっていためであろうと考えられる。マスティックとサンダラックにおいても同じような事が言えるであろう。
ニスを作る行程において火を使うことによる危険性は、野外で行い、砂の入ったバケツ等を用意することで十分捕らえる。刺激臭の強い有毒ガスも出るので、風の無い日を選んで作業を行うようにする。
先の行程が終わると、これからは有毒ガスが出るような事はない。オイルが加えられ、強い粘りけがでてくるまで、約500℃の温度で熱し続けられる。これにかかる時間はおおよそ10〜40分間であろう。ストラディヴァリのニスは一般的なアマニ油よりも水っぽい(ほとんどのニスの処方では、アマニ油はできるだけ日に当てて酸化させるようにと書かれている)。その粘り具合いは、ナイフですぐい、たらしてみて、その滴の状態から調べる。冷まし過ぎた場合には、指にべたつくはずだ。もしもよい状態でできたのなら、指で引っ張ったときに繊維状になって数フィート延びる。私はほとんどの作り方において、このポイントでroche
alumを加えた。それによって不純物が取り除かれ、ニスの粘りけはますます出てくるのである。ニスの温度か120℃まで下がってくると、棒を伝わせてテレピンを静かに注ぎ込む。そうして温度か更に下がったら、古い布でニスを減しながら貯蔵瓶に入れて置く。理想的にはそれは1年間以上保存して置き、使う前には静かに注ぐ。その貯蔵期間の差は、明らかにニスの表面の状態に現れてくる。おそらくニスに含まれている不純物が、長い貯蔵期間中に沈澱してしまうからであろう。
ニス作りの初期行程において、オイルを成分を加えるが、この時に注意すべき事は、ニスはアマニ油によって薄められるということを考えに入れることだ。アマニ油は乾燥するのに長い期間を有するので、私はその代わりにテレピンを使い、太陽の熱で暖める。この方法はイタリアの柔らかく、滑らかなニスに用いられているもので、乾き安い特徴を持っている。テレピンの蒸気は空気よりも比重が重いので、地面を伝わって遠くまで届くために、テレピンを熱いものに加えるときには注意が必要である。また暑い日にテレピンを使うのも避けなければならない。
私は、リュートのような単純な形の楽器ならばハケで塗ることのできるニスを見つけた。例えばcitternやbandora等、いかに多くの楽器を私が作っても、硬すぎるニスで、複雑な角を持った形の楽器にニスを塗るのは非常に困難である。その解決の手がかりはCenniniの記述にあり、そこで彼は「ニスは理論的に扱い、必要に応じて必要なものを加える。」と言っている。指かスポンジを使ってニスの表面をまんべんなくトントンと叩く。その時ニスは乾いていて、曲がりにくい厚い当て布から表面に移る。そしてその後ゆっくりと、細かい部分へと流れて行く。それには数分間かかるであろう。広い部分から狭い部分へとニスは広がり続け、いつかは全ての部分がニスに包まれる。この方法だと、例えば楽器のネックと裏板だけのように部分的に処理することか可能である。そして最後に数回指でとんとんと叩き、混ぜ合わせて完成する。
乾燥は火に当てることで早めることができる。幾種類かのニスは、太陽の下で15分もあれば乾燥できる。濃いニスほど淡いものよりも乾燥の時間はかかる。私のいつも使う方法は、ニスの塗った面を一日置きに乾かすというもので、淡いニスの場合二日間置く。乾燥は3つの紫外線に影響される。楽器は予め使う分量によって分けられた、alumを加えたスコットランド産の希釈したにかわが下塗りとして塗られ、紫外線の下で24時間さらされる。次に1〜2の薄い色の層を塗るが、これは微塵からニスを守る働きをする。その後6〜10の色の層が塗られ、最後に淡い二層が塗られて仕上げられる。私は16世紀における役に立つ、ニスの単純な作り方と使い方の説明をしてきた。それはおそらくクレモナの製作者によってではなく、ブレシアやボローニャの製作者達によって使われただろう。
参考文献
Sir Charles Lock Eastlake Materials for a History of Oil
Painting ( London 1847, republished by Doverin 1960 under the title Methods
and Materials of the Great Schools and Masters)
Mary Philadelphia Merrifield Ancient Practice, of Painting: Original Treatises,
dating from the, 12th to 18th centuries on the, Art of Painting. ( London,
1849, republished by Dover in 1967 as The Art of Painting)
G. H.Hurst (London, 1892) Painters' Colours, Oils and Varnishes. Cennino
d' Andrea Cennini I l Lialo del'Arte (Florence 1427, translated by D. V.
Thompson in The Craftman's Handbook, Dover)
Ed.Heron-Allen Violin-making as it was, and is (London 1885)
Taylor and Marks Paint Technology Manuals,part 2:Solvents, Oils, Resins
and Driers. (London 1969)
William Fulton "Old Italin Varnish" The Strad(1974 ) and "Varnishes"