木材の自然なねじれ

 Remy Gugによる木材のねじれの実験と、音響板製作への課題

翻訳 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木 朗

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 昔から、多くの職人が高価な楽器を作るのに用いてきた木材は、学者達の興味を引き続けてきた。学者達がその研究をするためには、職人の力が必要だった。しかし、たとえ弦楽器の未来のためとはいえ、長期間のそれも単調な測定のために、いったいどの製作者が協力し続けるだろうか。
 王立バイエル監査官のSaltwoeksとForestsとHuberの3人は、樹脂を含んだ樹木の成長過程におけるねじれについての論文を、1809年のAllgemeiner Anzeiger der Deutschenに発表した。彼の音響板についての概論を聞いて以来、私はその事についてより詳しい事を知りたくなったのである。我々は樹木が細胞からなり、そしてその樹木の無数の細胞は年々増加するということも知っている。木材の構造学は、異なる機能を持つ細胞どうしの集まりが存在する事も我々に教えてくれる。樹木の中で垂直に配列した細胞組織は、普通、木材を扱う職人達に"Wood fibres(木部繊維)"と呼ばれる。木材の中心から外周へ、半径方向または水平方向の細胞の構造は"medullary rays(放射組織)"と呼ばれている。木材のこの二種類の繊維が絡み合っていることは、たとえ実際に顕微鏡で拡大して見なくとも想像ができる。それらは樹脂性の樹木と、それ以外の樹木とでは事なっている。木部繊維が完全に垂直(木の軸に平行)に走らないという事は、かなり昔から知られていた。我々はごく一般的に見られる、緩くねじれた木部繊維について調べる事にした。この事は木材の構造的なものに影響を及ぼし、おそらく音響的効果にも変化を及ぼすと考えられる。
 木材におけるこの僅かなねじれの事を"twisted成長"、または"torch成長"と言う(そのためにテーマが「木材のねじれ」というようになった)。そのような成長は、しばしば成長に有害な風によって起こる場合もある。しかしこれらの事については、長い年月が経った現在もまだはっきりとした事はわかっていない。
 偉大なるGeothe(ゲーテ)も、工芸家の最も興味ある、自然な木材のねじれの現象についての理論的説明に取り組んでいた。また賢い者達は、そのねじれが病的や奇形でない場合には、そのねじれを逆に利用さえしていた。
 L.N.Edwardsは、18世紀の木製の「すき」が、なぜねじれた木材を集めて製作されたかという矛盾について討論した。台となる板の長さはねじれた木目の角度によって決定され、木目を横切るように裁断される。左向きの非常に目のつまったねじれを持つ、大きく堅い樹木はよく「すき」製作者に好まれた。「すき」を作るためには、そのようなタイプの材料を使ったほうがより確実なのである。

右向きと左向き                 
 Edwardsは「左ねじれ」について述べている。ねじれには2種類のタイプがあるのだ。またHuberは「繊維はいつも垂直に伸びているとは限らず、あるものは外周から右から左へと伸び、あるものは左から右へとねじれる。多かれ少なかれ、ねじれているのだ。その結果として樹木の軸は交差する事になる。」と述べている。読者に分かりやすいように、2種類の異なる向きのねじれのイラストを図1に掲げてある。これらのような右または左向きの螺旋状の構造体は、生物学、生化学における微小構造体にはよく見られる形である。Goetheは、我々は「基本的生命の法則」の上に存在していると述べた。Huberが次のように説明するまで、誰も樹木のねじれの仕組みを知る者はいなかった。:

 もしもねじれた木使用を避けるける事ができるのなら、職人は目的にあった木を使用するだろう。この事は多くの職人達から実際に聞いた。山に住む人々はそのようなねじれた木を見つけだす事ができる。そして彼らは右から左へとねじれていて、外周からまたは下から上へと伸びているように見える物を、太陽の動きと繊維のねじれとを比較して、「順陽」と呼び、逆向きのねじれの事は「逆陽」と呼ぶ。「順陽」の場合、樹木の繊維は朝に太陽が昇り、夕方に落ちるまでの動きと同じ向きにねじれ、「逆陽」の場合にはこれと反対のねじれとなる。

木材製品における、ねじれの影響
 木材の使用において、ねじれの影響はいったいどれほどのものなのであろうか。Huberはこの様に述べている。:

 「順陽」の様に右から左へとねじれる樹木は利用価値が高く、木材は断面の半径方向と平行に割れ、屋根用の板や音響板など様々な物に利用できる。この方法によって、我々は完全に平らな表面の板を作り出す事ができる。しかしこの様な木は、板に製材してからも、その右から左への緩いねじれは決して消えない。


 この欠点は「逆陽」のねじれを持つ樹木には存在しない。Huberによると、「素晴らしい木で造った建物や、木製の道具は決してねじれてはいない。木材を柱に製材したり、板に製材したその状態を保っている」と言っている。
中心点
 左ねじれの、または右ねじれの木の振る舞いを理解するために、我々は色々な人々のこの現象に関する考えについて考察しなければならない。Huberはこの様に書いている。:

 私はこの事を観察するための、1000個以上のぜっこうのサンプルを手に入れるチャンスに恵まれた。全ての若い樹木の繊維は、いくつかの例外はあるが、多かれ少なかれ軸の回りに右から左へのねじれ(順陽)を持つ。もし樹木がその力に対する反作用を持たないならば、年々幹の回りに成長する新しい繊維の力によって同じ向きに力を受け、倒れてしまうであろう

 もしかりに反作用の力があったとしたら、繊維は垂直な向きになる。そのような幹を、我々は「真っ直ぐな木目」と呼んでいる。ところが古い年輪には左ねじれのものが多くみられる。樹木は成長過程においてねじれが変わり、その結果ねじれは「逆陽」の右ねじれとなる。
 ねじれの向きが、右から左への「順陽」の木材の繊維が、真っ直ぐに交差しないで伸びる事の理由は、明らかに次の事によると考えられる。繊維は樹木の下から上へ向かって互いに平行に、極僅かな螺旋を描きながら伸びる。「逆陽」の繊維のねじれを持つ木は、その成長過程において、左ねじれ(古い繊維)から右ねじれ(外周の新しい繊維)へと変化し、繊維は交差するのである。
 さて我々は2種類のねじれからなる、たくさんの組み合わせの樹木を見てきた。それでこれらの特徴を生かした用途についても、もう想像できるであろう。
乾燥
 Huberのレポートでは、木の幹が「順陽」方向で成長し、乾燥するときの事について以下のように書かれている。「順陽の成長においてはしばしば、とても深いうねりと格子模様が幹の外周から成長する。この様な模様の見られる木は、その強度の面から見れば不利である。しかし逆陽の成長の木は繊維どうしが平行ではないので、その乾燥の過程において、外周から深く大きな割れが生まれる事は決してない。」
 木材の乾燥による収縮について考えてみよう。現在においては忘れ去られていることだが、年を取った大工や建具屋達には、ある決まりごとがあり、それは今世紀初頭までずっと伝えられてきた。左ねじれの木材は割材に都合よく、一方右ねじれのものは梁や接合部分に使用するということである。左ねじれの木は幹全体においても、または細い梁においても、大かれ少なかれ収縮し易いのである。−また、木材の中心部分における左ねじれの力と、外周部の右ねじれの力が互いに相殺し合い、梁はねじれ難いとも考えられる。左ねじれの木材をこの用途に使うと、よりねじれが生じ易いであろう。Huberは次の事も付け加えている。「もし真っ直ぐな木目の幹や、右ねじれの木目の幹の木材が不足している場合、しかたなく左ねじれの木材で家を造ることになるが、その時大工達はその強度に、よりいっそうの神経を払わねばならないのである。」
 木材を繊細な目的(家具作り等)に使用する場合には、また異なった重要な事柄が出てくる。Huberによると、左ねじれ、または右ねじれの幹から製材された板は、それぞれ同じ方向に変形しない。そのために非常に僅かではあるが、割材から作った板には、うねりを見る事がある。
割材
 「逆陽」のねじれの木材が屋根拭き板や、音響板に適してはいないという事を頭に入れておいていただきたい。なぜなら割れが、幹の半径方向と平行にはいってしまっていたり、板の表面の繊維が斜めのむきになっていたりする。
 Huberの約80年後、Frankhauser博士もまた、楽器製作におけるこれらの影響の重要性について考察した。彼の「右ねじれを持つ木材は、なぜ割材にしたときに強いのか。」という論文には、図2のイラストが載っている。彼はこの様な木材が「反対の感覚」、「左向き割れ」または「女性 的」と呼ばれると述べている。一方、上方に向かって右から左へとねじれている木材は、「感覚どおり」、「右方向への割れ」または「男性的」と呼ばれる。
 Frankhauserはまた、若い樹木はいつも左ねじれを持つことと、それらの内のほとんどにおいて、ねじれの逆転が起こるという事を認めた。彼の説明によると:

 右ねじれ木材は、そのむらのある表面のために、屋根ぶき板には使えない。またそれは、割れに対しての抵抗力が強いために、フェンスの木摺等にも適していない。この原因の一つとして、割材にしたときの表面の膨大な繊維が、斧によって切られてしまうためと考えられる。

 割材にするための表面の滑らかな木材を必要とするときや、または弱い力の木材を必要とするときには、左ねじれの幹を選べば良い。

割材による音響板
 なぜ音響板を割材を使用するのか、現在の段階では明白な説明はできない。板を作り出すためには、それよりも大きな木材の塊が必要なわけであるが、そのような木材を保管して置く労力もとても重要な事だ。均一な木目を持った木材の方が、楽器の音響板を製作し易いという事は明白な事である。我々は割材が滑らかな表面を持っている事と、保管のしやすさを主に考えるが、これらの理由はさほど重要な事ではない。それよりも、その音響的効果が重要なのである。私の知る限りでは、昔の製作者達がこの事を知っていたのかどうかという資料は見た事がない。
結び
 さて、これらのことを実践するには、音響板に使用する割材の、選択の経験が必要となってくる。育成している樹木や、伐採された木材において、我々はどのようにして、右ねじれと左ねじれの木材を認識したらよいであろうか。
S.Defreggerは彼の著書の「成長や、皮をむく事による木材の認識のこつ」の中で書いている。
 皮をむいた木材で、そのねじれを見ることは明らかに易しい。しかし幹の表面には、小さな割れ目が現れているという事は最初に述べたとおりである。また、裸のスプルースや松が、山道に積み上げられているのを我々は知っている。もしこれまでの事を正確に理解しているのならば、もう幹のねじれについてわかるであろう。
 樹木は真っ直ぐに育成するとは限らないために、この事は非常に複雑になっている。しかしおそらく、Defreggerによって述べられた「こつ」を誰かは有益に利用しているであろう。
 樹皮について勉強する事は、とても大切な事である。しかし、それがいつも当てになるとは限らない。我々は、外周の木材の最も新しい年輪の層の構造とそれ以外の部分が、逆の特徴を示すという事を知っている。このように、樹皮から読み取れる事柄は、内部の年輪と一致する。樹皮の溝が左ねじれの木材は、確かとは言いきれないが、「順陽」であるようだ。
 正確な観察を行うためには、より内部深くを調べる必要がある。(例えば、皮をはぐ等。)しかし、観察対象の樹木が伐採されていれば別だが、この様な事をいつもできるとは限らない。もし樹皮の繊維が交差していないのなら、木部繊維もやはり交差していないと考える事ができる。しかしこの事はまだ十分な観測が行われておらず、全ての年輪についてはっきりと証明されたわけではない。
 真っ直ぐな木目の木材について考えるのは、それほど大変な事ではない。しかし、この様な木は自然界には滅多に存在しない。Huber達の時代は、木材の右ねじれや左ねじれを理解する第一段階で、それ以上の知識や技術はなかった。ギリシアやローマの自然哲学における証明が、2千年以上の時を超え現在まで受け継がれてきたのである。