ストラディヴァリウスのツァルゲンの向き

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

1・目的
 ツァルゲン*1(横板)の杢*2の向きは、ヴァイオリンの裏板の杢と同様に、大きな視覚的効果を持っています。そこで、ストラディヴァリが、それを意識的に操作していたかどうかを考察することが今回の目的です。
*1ツァルゲン(Zargen)とはドイツ語で横板のことです。
*2木目と直行して見える模様。「虎杢」などとも呼ばれます。


2・ツァルゲンの向きの呼び方
 普通楽器を持つときには、ネックを左手で持つ場合が多いので、従って必然的にツァルゲンは左側面が見える事が多くなります。このような理由から、考察は下図のように左側面のツァルゲンを基準に行うことにしました。矢印が杢の傾きとなります。

 次頁の表は、雑誌や書籍等の写真から、ストラディヴァリウス(ヴァイオリン〜チェロ)のツァルゲンの向きを調べたものです。ここで、「左上がり」とは裏板に向かって杢が上がっているものをこう呼ぶことにし、「左下がり」とはその逆をそう呼びます。

 具体例をあげると、ストラディヴァリウスの"Betts 1704年製"の左側面のツァルゲンは「左上がり」となるわけです。

3・考察

考察データ一覧表 省略

 上のグラフは、製作年代順のストラディヴァリウスのツァルゲンの向きを並べたものです。一番下に縦に書いてある数字が製作年で、グラフの上向きが「左上がり」の楽器の数、そしてグラフの下向きが、「左下がり」の楽器の数となります。
 これを見ると、ストラディヴァリが意識的にどちらかの向きを好んで使っていたとは言えないことがわかります。

 次に、全ての割合を取ってみたところ、左上がりの楽器の方がわずかに多いことが分かります。しかしこれも際だったものではなく、統一性はないと言ってもよいのではないでしょうか。

4・まとめ
 私はこれまで、ストラディヴァリは左上がりのタイプを意識的に作っていると思い込んでいました。そのように思い込んでいた原因は、書籍などに多く掲載されている黄金期初期の楽器に、単に左上がりの作品が多かっただけであり、全年代の統計からみると、統一性はないというのが今回の結論になります。非常に几帳面なストラディヴァリが、横板の杢の向きに関しては統一性がなかったというのは、私にとっては意外な事実でした。
 またこれまでに調べた範囲内での結論になりますが、ストラディヴァリはツァルゲンの向きを左右対称にはしていないようです。すなわち、左側面のツァルゲンの向きが左上がりの場合、右側では左上がりになるわけです。例外として1600年代の装飾楽器の多くは、C字(中央部分)だけが左右対称になっています。