日本全国、そして世界に目を向けて 〜 一OBからのアドバイス
2001年5月25日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
以下の内容は、私の母校である都立八丈高校の創立50周年記念式典における「特別講演会」に呼ばれた時の原稿です。
後輩にあたる八丈高校の生徒に向けての内容です。ヴァイオリンとは直接関係ない話しですが、このホームページを見てくださる若い方々にも共通することですから、あえてこのホームページに掲載しました。
なお、掲載されている画像データは、講演においてOHPで投影したデータです。
都立八丈高校生徒の皆さん、先生方、そしてこれまで八丈高校を支えてくださった、皆様方、はじめまして。私はこの八丈高校の1981年度の卒業生になる、佐々木朗と言います。現在は東京で、ヴァイオリン製作の仕事をしています。
このたびは創立50周年、おめでとうございます。 今日はこのような重要な行事の講演会に呼んでいただき、とても光栄に思っています。しかし、なにぶんにもこのような場で話すことには慣れていませんので、用意してきた原稿の棒読みになってしまいますことをお許しください。
さて、私がこの高校を卒業してからもう20年が経ちます。私達の思い出の校舎もあと壁一枚になり、寂しいかぎりです。今まで、自分の母校のことを特に意識したこともなかったのですが、こうして校舎を取り壊すところに立ち会ってしまうと、急に自分が高校生だった頃の事を思い出しました。
−省略−
私も、ごく普通の八高生でした。たぶん今の皆さんと同じような高校生活を過ごしていたはずです。
−省略−
あのころには自分が将来度のような職業に就くのか、はっきりと意識したことはありませんでした。何となく、学校の先生になりたいなという希望はあったのですが・・・・。一つだけ自信を持って言えたことは、高校生活においていっしょうけんめいになったことは、将来に絶対に役に立つという信念があったということです。文化祭など、受験勉強もしないで、よくもまあ損得も考えずに、燃えたものです。夏休みに、文化祭の準備のために毎日ここに通ったくらいです。
- 文化祭の準備の話し
- しかし、案の定、それは今の私の財産となっています。それどころか、今の私はそこから来ていると言っても、言い過ぎではないでしょう。
皆さんも今の生活を、損とか得とか考えずに、何でも良いから、どんな些細なことでも良いから、がむしゃらになってやってみてください。それは絶対に皆さんの財産となるはずです。これは私が保証します。
- 仕事の略歴
- さて、普通ならばここで私の卒業後の履歴や、外国での生活状況などを順を追って説明していくというのが、このような講演における一般的な話の進め方です。しかし、外国での生活なども、20〜30年も前ならば珍しがられたでしょうが、今となっては誰でもできることです。従って、そのようなものは省略し、ここではごく簡単に、ヴァイオリンの製作というものがどのようなものなのかを、写真を見ながら説明するだけにします。
これがOHPなので、写真が鮮明には見えませんが、ヴァイオリン製作の雰囲気は伝わると思います。
- 写真と説明(OHP P.2〜P.6)
- *ヴァイオリン製作学校時代
*ドイツのカントゥーシャ工房
*製作の過程
- OBとしてのアドバイス
夢は叶う(10年間頑張る)
-
さて、これまでの話は前置きになります。これからが本題です。これからお話すする内容はとても重要ですので、よく聞いてください。これを後輩である皆さんに一言言いたくて、この講演会を引き受けたのですから。
まず一つめは「将来における夢・目標」に関してです。皆さんは何らかの夢や目標を持っていることでしょう。現時点ではそれがまだボヤッとしている人も人も多いでしょうし、または、もう既に目標がはっきりしている人もいるかもしれません。そしてその夢の内容に関しても、大胆で壮大な人もいるでしょうし、またはその逆に、他人から見たらこじんまりと感じるような夢の人もいるでしょう。しかし大切なのは、それは他人に見せたり、説明したりするための「夢」ではなく、自分自身のためのものということです。従って、どれが偉いとか、そうでないとかいうことはナンセンスです。
この「夢や目標」に関して、皆さんのOBとしてアドバイスすることは、「社会は甘くはない」ということです。努力無しで頭の中で願っているだけで夢が叶うほど、世の中は甘くはないのです。……だからといって、なげやりになったり、または萎縮しないでください。私が自信を持って言えるのは、「10年間がんばり続ければ、絶対にその世界で生きていける」というものです。これは大切ですよ。
- 「10年間がんばり続ければ、絶対にその世界で生きていける」
-
例えば、1つの例ですが、映画やテレビの世界の職業に就きたいという夢があったとします。しかしこのような人気の仕事は、そう簡単に職場があるわけでもないし、競争も激しいことでしょう。他の人に相談しても、どうせ「そんなの無理だ」と言われるに決まっています。だからといって、ここで諦めてはそれ以降の道はないのです。
どんなちっぽけな事でもよいから、映画やテレビの世界の片隅にしがみついて、10年間頑張り続けてください。そうして10年後に振り返ってみると、自分自身の仕事の位置はきちんと確保されているものです。すなわち、自分の試行錯誤の道はちゃんと築かれているはずです。
これは本当ですよ。騙されたと思って、10年間頑張ってください。ぜったに、物になりますから……。ちょっとは、最初の目標から外れることはありますけど…。
もちろん、この事はなにも映画やテレビ業界だけの話ではありません。それは一般の企業においても言えますし、公務員や自営業などの全ての職業において言えることです。
例えば私自身に関しても、最初からドイツのヴァイオリン製作マイスターになろうと思っていたわけではありませんし、また本を出版しようとなどとも思っていませんでした。最初は、この道でどうにか食べていけるようにと、その日その日を無我夢中で頑張っていただけなのです。そうしている内に、当時としては雲の上の存在だった有名な製作者達と知り合いになれたり、またはドイツでマイスター試験を受けることになったり、本の出版に関しても、私のホームページにコツコツと書き溜めていた内容が編集者の目に留まり、本という形になっただけです。
10年間無我夢中になってやれば、その道でどうにかやっていけるようにはなるものです。
さて、だからといって若い皆さんに「10年間」と言っても、あまりにも長い期間に感じてピンとこないかもしれません。そこで私がちょっとしたアドバイスをしましょう。
- 「5年+5年 馬車馬 計画」
-
それは「5年+5年 馬車馬 計画」です。すなわち、まずは馬車馬のように5年間ひたすら頑張るのです。損得などは絶対に考えてはいけません。振り返ってもいけません。ただひたすらその時その時を一生懸命頑張るのです。そうしていると、5年間などという期間はあっという間に過ぎてしまうものなのです。そうして5年間経ったとき、「フウと一息して、コーヒーを一杯」。そうしたらもう一度5年間頑張るのです。そうして10年経ってふと振り返ってみると、ちゃんと自分の道は築かれているものです。
これは一見バカな話に聞こえるかもしれませんが、本当に現実的な話なのですよ。事実、最近私は21歳の弟子を採りましたが、その弟子に全く同じ内容の「5年+5年計画」を命じているくらいです。逆のことを言えば、人以上の技術を得ようとしたら、そのくらい一生懸命、がむしゃらにならなければ通用はしないのです。
- インターネットの使い方、マナー
-
さて、次に皆さんにアドバイスすることは、日本全国や世界というのは、思っていたよりも狭いということです。
- 「日本全国や世界というのは、思っていたよりも狭い!」
-
私もそうでしたが、八丈島に住んでいると、どうしても視野が狭くなってしまいます。例えば、「自分が天下を取ってやろう」とか、または「自分が業界のリーダーシップになってやろう」という考えが生まれにくいのです。このようなちっぽけな八丈島から、そのような大きな仕事は無理だと考えている人も多いでしょう。
しかし、私が色々と経験してみたところ、全日本、それどころか世界でさえも、思っていたよりも狭かったというのが正直な感想です。恐れたり、萎縮する必要はありません。これら全てが、皆さんの「夢や目標」の範疇であり、またはチャンスの宝庫でもあるのです。
日本全国や世界を自分の土俵にするためには、幾つかの大切な条件があります。それは
-
-
1.きっちりとした仕事や生活の基盤や目標がある。
2.インターネットの活用
3.継続力
この3点です。
- きっちりとした、仕事や生活の基盤、そして目標がある。
-
まず「1.きっちりとした仕事や生活の基盤や目標がある」についてですが、これは先ほどの「10年計画」とも関係していますが、一生懸命やっている仕事や生活というのは、それ自体が「世界に誇れる価値観や情報量」をもっています。逆の事を言えば、自分自身の仕事や生活の基盤が確立していなければ、いくら語学力を高めても何の意味もないのです。そんなものは「インターナショナル」でも何でもありません。これは日本の外国語教育の根本的に間違ったところです。語学力が重要なのではなく、大切なのは、自分に何ができるかです。
事実、自分自身の技術力が世界的に通用する場合、言葉など流ちょうに話せなくても、相手は自分のことをちゃんと認めてくれますし、またそれで通用もするのです。これが本当の意味の「インターナショナル」です。一番分かりやすい例が、野球の「野茂」です。彼が渡米するときに、バカなマスコミが「英語は話せますか?」とインタビューしていましたが、それに対して、野茂は「自分は野球をしに行くんだ」と答えていたのです。彼こそが「インターナショナル」です。そして事実、彼は下手な英語でも十分にアメリカで尊敬される立場を築いています。
−省略−
先ほどの「野茂」と比べるとマイナーな話題になってしまいますが、私自身もそうでした。ヴァイオリン製作の技術が他の人よりも勝っていれば、言葉が少々しゃべれなくても、十分に周りは認めてくれたものです。その逆に、ドイツ語は上手だが、たいした目的も無しにドイツに来ていた留学生などは、陰ではけっこうバカにされていました。というか、本当の意味で、相手にされていませんでした。このような取りあえず外国に来てみたというような留学生はとても多かったです。
話が脱線してしまいましたが、「自分の芯」になるものを持っていなければダメなのです。
- インターネットの活用
-
ここで2番目に書いてある「インターネットの活用」について話をしましょう。皆さんもインターネットという言葉は良く聞くと思いますし、そして実際に利用している人も多いことでしょう。また学校の授業のカリキュラムにも入っていると思います。
質問
*皆さんの中で、自宅でインターネットを利用している人は手を上げてください。
*その中で自分のホームページを作っている人は?
さて、ここでは実際にインターネットを活用して仕事をしている、皆さんのOBである私の経験談をします。すなわち、ただの空論でも教育論でもなく、実践的なインターネットの利用方法です。
インターネットは八丈島など、地理的なハンデキャップのある所においてこそ、画期的な働きをします。例えば、私の所には世界中からメールが届くのですが、ヨーロッパからも北米からも、アジアからも、そして隣の区からも同じようにメールが来ます。特にそれが日本語のメールの場合、近所のつもりでメールの返事を書いてしまうと、九州とかの遠いところに住んでいる人だったり、外国在住者であるという事も多いのです。
少し前にも、ヴァイオリンのメールが来たので、「メールからだけでは判断できませんので工房へいらしてください」という返事を書いたら、「アラスカの近くに住んでいるので行けません」という返事が返ってきました。
すなわち八丈島のような地理的なハンデキャップのある所こそ、もっと真剣にインターネットに取り組むべきべきなのです。
しかし残念ながら八丈島の現状はどうもそうではないようです。私がこの講演を引き受けてから、情報収集のためにインターネットで八丈島の情報を得ようと色々と試みてみましましたが、教育委員会、各学校、町役場、観光、商工業などのめぼしい情報はほとんど得ることができませんでした。少々厳しい言い方ですが、このようなおっとりとした状況でよいのでしょうか?これは八丈島全体として、もっと真剣に取り組む課題だと思います。そしてその重要な役割を果たすのが、若い皆さんなのです。
話が少し脱線してしまいましたが、皆さんが将来、全日本、そして世界を自分の土俵にしたいと考えているのでしたら、インターネットの理解と活用は不可欠です。このインターネットの使い方のポイントをいくつか書いてみましょう。
- メールとは、無機的なものではなく、血の通いあった人と人との交流
-
最近の中学生〜30歳くらいの若い世代からのメールに特に多いのですが、彼らはどうも、メールをただの「便利な機械」くらいに考えて利用しているようなのです。
例えば相手に質問するのに、自分の名前を書かなかったり、ペンネームですませたり。または、自分はほんの数行の質問を書いただけで、相手にそれ以上の多くの返答を求める人があまりにも多いのです。ようするに、自分は楽をして、得しようという考え方です。この様な失礼なメールに対して、どこの誰が親身になって返事を書くことでしょうか?すなわち、その様なメールの活用法からでは、価値のある情報が得られるわけがないのです。
メールとは、パソコンの向こう側で血の通った人間が、自分の仕事や生活の時間を割いて返事を書いたりしています。従って、もしもメールで質問したり、お願いを書いたりするときには、相手を尊敬したり尊重したりする内容を自分のメールに滲ませなければなりません。これはなにも敬語の事ではありません。若い皆さんが、身分不相応のバカ丁寧な敬語を使うことは、逆に相手をバカにしてしまいます。自分が見えない相手に一生懸命になってメールを書くことこそが、相手に対する最大の礼儀なのです。メールとは、相手が見えないからこそ、精一杯、相手を尊敬する気持ちが必要なのです。
このような一生懸命で、礼儀のこもったメールは読んで直ぐに分かるものです。そしてその様なメールに対しては、こちらとしても損得無しに返事を書いてしまうものなのです。すなわち、価値のある情報が得られるというわけです。
さらに言えば、メールを通してお互いの人間性を高め合うことさえできるのです。
- ホームページで自分の主張をする
-
次はホームページの活用方法です。日本人は元々自分自身の主張をする事を軽蔑するところがありましたから、ホームページで自分自身の主張をしている人はずいぶんと少ないです。せっかくインターネットへの契約と同時にホームページの容量も付いてくるのに、それを活用しないのはもったいないことです。
さて、それでは何を主張すればよいのでしょうか?ほとんどの皆さんは、これが思いつかないのです。しかし、そんな難しいはずはありません。普段自分が疑問に思っていること、不満なこと、そして楽しかったことを書けばよいのです。
ホームページを書きたくないという人のほとんどは、自分自身を格好付けたい人です。ようするに、「そんなつまらない事など書いていると、格好悪い」という考えです。しかし、情報というのは、他人にどう思われるかなどどうでも良いことです。逆に、他人を意識した情報ほど、くだらないものはありません。あくまでも「一人称」で物事を考え、書くべきです。よく、ちょっと知ったかぶりをした人は、三人称で文章を書きたがります。しかし、そんな文章の多くは、中身のない間抜けなものが多いものです。
例えば、皆さんも既にご存じかもしれませんが、私はヴァイオリン関連の本を出しました。自分で言うのも何なんですが、おかげさまで、ヴァイオリン関連の本の中では、かなりの大ヒットになっています。しかし、それのはじめも、「ホームページでの独り言」から始まったものなのです。損得など全く考えずに書き溜めていったものから生まれた本です。そしてその中身も全て「一人称」で書いています。
- 継続こそが力
-
さて、次のポイントは「継続性」という事です。今話しましたように、ホームページでの主張は、「些細な独り言」でよいのです。当然ですが、そんな個人的なマイナー情報のホームページを見てくれる人はまばらなことでしょう。しかし、それでよいのです。誰かに評価されようとか、周りのご機嫌を取ろうとした情報など、くだらないものです。
自分自身の「一人称」の情報こそ、なによりも貴重です。なんと言っても、世界にたった一つしかない情報なのですから。それが「一人称」の主張に価値があるという理由です。
そしてなんといっても重要なのは、それを継続することです。例えば、ホームページで一言二言だけ書いただけならば、それは単なる個人的な「独り言」にしかすぎません。しかし、それを継続して、数年間、または数百ページの情報量になったとき、それは貴重な情報、そして資料となるのです。そしてその情報量が増えるにつれ、それに興味を持つ人も増えることでしょう。
- 出会い
-
そして最後のポイントが、「出会い」というキーワードになるのです。これまでに述べてきましたように、無欲の情報を継続することによって、その情報には価値が生まれます。そしてそれに興味を持った人が何らかの連絡をくれるかもしれません。これがインターネットの醍醐味です。すなわち、普通ならば、一生知り合えないような遠距離の人や、または縁の無いような人と、ふとふれ合う可能性があるのです。これによって皆さんの視野はぐんと広がることでしょう。
最後にになりますが、今回お話ししました内容は、そっくりそのまま「ビジネス」にも応用可能です。しかし、だからといってあまり短絡的な利益を求めたインターネット利用では、皆から相手にされません。無欲な情報を継続的に提供することで、それが結果的にビジネスに結びつくのです。すなわち、損得を考えてインターネットビジネスをしているようでは、結果は生まれません。
質問コーナー(残り時間によって)
話が旨くまとめられずに、申し訳ありませんでした。八高の後輩の皆さん、最後に私がもう一度言います。日本全国、そして世界はそんなに広くはありません。それは皆さんの土俵なのだという事を自覚してください。決して夢物語ではないのです。
そしてもう一つ、それを実行するための「10年 馬車馬計画」も忘れないでください。
最後になりましたが、もう一度、八丈高校50周年を御祝い申し上げますと共に、八丈高校の卒業生のますますの活躍を願っております。本日はどうもありがとうございました。
その他の話し(雑談)コーナーに戻る