馬毛の選別

2016年1月2日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

 

  弓の毛替え作業において、一番基本的で、そして一番重要なことは、「質の良い、均質な馬毛を使うこと」です。馬毛の品質が揃っていないと、毛替え作業において微妙な長さ調整もできませんし、また使っている内に毛のバランスも狂いやすくなってしまうのです。
 そのためには、仕入れにおいて良質の馬毛を入手することですが、しかし高価な仕入れ価格の馬毛束であったとしても、完璧な馬毛は存在しません。そこで、馬毛の1本1本を手で確認しながら選別を行うことによって、均質の馬毛を揃えるのです。

 ちなみに選別して捨て去る馬毛には、次のような種類があります。

細すぎる馬毛と、太すぎる馬毛

 次の写真(1)は同じ拡大率(100倍)で撮影した馬毛の写真ですが、細すぎる馬毛と、太すぎる馬毛ではこれだけ太さの差があるのです。これらを丁寧に手で取り除きます。ちなみに理想的な馬毛は、この中間くらいの太さです。

 

 

細くて白色に濁った馬毛と、部分的に赤茶色に染まっている馬毛すぎる馬毛

 通常の馬毛は透明感がある、すこし黄色みがかった綺麗な色をしているのですが、下の写真(2)上側は、細くて白色に濁った色をしています。このような馬毛は切れやすいです。一方、写真(2)の下側は、部分的に少しだけ赤茶色っぽく染まっている毛です。このようなほんの一部分だけ色の付いた馬毛の毛質が明らかに品質が低いというわけではないのですが、見栄えが悪いので除去します。

 

細くて縮れた馬毛と、太くて捻れた馬毛

 次の写真(3)は、ともに捻れのある馬毛です。写真(3)上側の細い馬毛は、捻れによって波状の縮れが生じてしまっています。顕微鏡による拡大写真だとなだらかに見えますが、実際にはチリチリ縮れています。よく見ると、毛の断面は楕円形につぶれています。どうやら、縮れの原因は毛の断面の形にあるようです。
 一方、写真(3)下側の太い馬毛は肉眼でも判るほど、断面がリボン状に平べったく、そしてそれが捻れているので、毛の質がゴワゴワしています。これでは弓毛として不適当です。

 

 

細毛、または表面が劣化してしまっている馬毛

 写真(4)が良くないのは一目瞭然です。いわゆる「枝毛」です。よく観察すると、枝のように分岐しているのではなく、馬毛の表面が傷んで剥がれてしまったことが原因みたいです。当然、このような毛も取り除きます。

 

 

"節"のある馬毛

 写真(5)は、我々の間で"節"と呼んでいる毛の成長不連続点をもつ馬毛です。このような"節"のある毛を取り除かないまま、毛替えを行ってしまうと、演奏中に引っかかりを感じてしまうこともあり得ます。

 

 

折れたり、ねじ曲がったり、結び目ができてしまっている馬毛

 写真(6)上側は、折れてしまっている馬毛です。拡大写真では少し曲がっているだけにしか見えませんが、実際にはけっこう折れ曲がっています。この部分から切れる確率が高くなるのです。
 次に、写真(6)中央は、一周ループ状に捻れてしまったまま、癖が付いてしまった馬毛です。このような馬毛は弛みの原因になってしまいます。
 最後に、写真(6)下側は、結び目ができてしまっている馬毛です。馬毛業者が選毛作業をしているときにたまたま結び目ができてしまったのか、原因はよくわかりませんが、たまにこのような結び目もあるのです。写真(5)の節以上に悪影響がありますので、このような馬毛は必ず取り除くべきです。

 

 このように、よく観察すると1本1本の馬毛は、天然であるが故の様々な特徴が有り、その品質を可能な限り揃えるのが良い毛替えとも言えるのです。
 しかし一方で、良質の馬毛の入手は年々厳しくなり、仕入れ価格も10年前の2倍にも跳ね上がっているのが現状です。聞いた話では、地球環境の変化で急激に牧草地が縮小していることと、生活の変化(より豊かさを求めて)によって、馬を飼育している遊牧民のような人たち(定住している人たちも含めて)が少なくなっていることがその原因らしいです。
 近い将来には、化学合成馬毛を使う日もくるのかもしれません。弓材のフェルナンブコ材の問題などもふくめ、悩みは深刻です。

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