楽器ケースカバーと、ケース内の温度上昇

2011年5月16日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

ケース内の温度上昇と楽器のトラブル

 毎年5月頃になって日差しが強くなると、直射日光によってケース内の温度が上昇することによる楽器へのダメージが気になり出す季節でもあります。通常の使い方をする分には、多少ケース内の温度が上昇しても楽器は壊れるものではありません。しかし、長時間直射日光下に楽器ケースを放置しておいたり、長時間のドライブ中に車内で直射日光を長時間当たってしまったケースにおいて(例えエアコンをつけていても)ニスのトラブルなどが起きてしまった事例を何度かみたことがあります。酷い場合には、ニスが熱によって泡を吹いてブツブツになってしまったり、最悪の場合には楽器のネックが取れてしまい、さらに弦の張力で響板が歪んでしまったという事例もあるのです。
 また、トラブルというほどではなくても、柔らかいニスの楽器では「できるだけケース内の温度上昇を抑えたい」と思うことでしょう。

 

ケースの種類とケース内の温度上昇

 楽器ケース内の温度上昇を抑えるためには、当然のことながら「ケースに直射日光をできるだけ当てない」ということが重要になりますが、現実的にはどうしても仕方ないことも多いです。例えば自宅から駅まで(または駅から練習会場まで)炎天下をケースを抱えて歩くことは珍しくありません。このような時、ケースの種類(構造)によってもケース内の温度上昇はかなり違うものなのです。
 今回はケース自体に関しては書きませんが、ケースの壁が薄手の物ほど外界の温度上昇の影響をダイレクトに受けてしまいます。逆に、楽器の構造が肉厚で、さらに断熱素材の場合にはケース内の温度上昇は比較的緩やかに進行します。

 

ケースに全面遮熱カバー装着

 上に書きましたようにケース自体の品質で楽器への悪影響はかなり違ってきます。しかし現在使っているケースにちょっとした加工をするだけでも、ケース内の温度上昇を抑えることができると考えられます。その一番簡単な方法は、「遮熱ケースカバー」を作ってしまうことです。私は以前から楽器ケースの上蓋の内側に保温シートを入れる事をしていました。しかしその保温シートでケースを全面覆ってしまうことが最善な方法であろうアイデアはずっともっていたのです。そこで今回そのようなケースカバーを自作してみました。

 

ケースの遮熱カバーと温度上昇の実験

 2種類の遮熱(保温)シートで作ったケースカバーと、カバー無しの素のままのケースにて実験をしてみました。

遮熱シート

ケースカバー

1. 保温シート

 この保温シート(上写真の①)は発泡シートの表面にアルミシートを貼り付けたもので、よくスーパーで「流し台シート」として売られている商品とほとんど同じ物です(大判サイズです)。シートの厚みは約1.0mmで、表面の太陽光の反射率の高さや発泡シートの断熱性を考えると理想的な「遮熱カバー」といえるかもしれません。まずはこの保温シートで楽器ケースを完全に覆うようなカバーを製作しました。
 しかし、この素材でケースカバーを作った後に使ってみて初めてわかったことがありました。「ゴワゴワしていてカバーをケースに装着しにくい」のと、「カバーをケースから外したときにかさばる」等の使い難さを感じたのです。とても実用になるケースカバーには思えませんでした。そこでもっと薄手の布タイプの遮熱布でも実験してみました。

 

2. 遮熱布

 上写真の(2)の布です。これは薄手の布(約0.16mm)の繊維の表面にアルミ粉を塗布した布です。これも「保温シート」とか「遮熱シート」とかで売られている商品です。実はこの手の商品には様々な価格帯の物が存在します。私の工房のお客様が活用している遮熱布は1万円弱のものらしいです。一方私が今回実験した布は1,000円台の製品です。それらによって性能差がどの程度あるのかはわかりませんが、とりあえず安い遮熱布で実験してみました。
 今回はこちらの遮熱布は縫製はせずに、単に楽器ケースを包んで紐で縛りました。実際にはケースの形にカットして、ミシンできちんと縫ってカバーを作れば使いやすそうです。布が薄いので、こちらの遮熱布ならば使わないときには折りたたんでしまって置けそうです。

 

3. 素のままの楽器ケース

 上写真の(3)のヴァイオリンケースです。GEWA社製の紺色のケースも比較のために一緒に測定してみました。

 

実験方法

 上写真のように「保温シート」、「遮熱布」、「素のままのケース」のケース内部に温度計を入れて、室内から野外に出して直射日光を当てたときの温度上昇の具合を計測してみました。もちろんケースの中には楽器は入っていません。

使用したヴァイオリンケース
 使った3つのケースは全てGEWA社製の同じ種類の、同じ色のケースです。

実験日の天候
 実験は5月8日の10:30~13:00、日差しとしては真夏のような極端な日差しでもなく、かといって弱くもない「中程度の日差し」と言ってもよい天候下で行いました。ケースを野外に置いて直射日光にさらした時間はちょうど一時間です。この程度の日差しがケースに当たることは現実的にあり得る事だと思います。

計測装置
 3つのケースの中と外に、合計4つの温度計(データロガー)を仕込みました。具体的には上写真の(1)と(2)の内部に「skSATO社 SK-L200TH IIα」をそれぞれ入れ、素ケース(3)の内部には「T&D社 TR-71Ui(2センサータイプ)」を入れました。素ケースはケース内部とケースの外表面温度も同時に記録しました。

温湿度ロガーsk-L200THII  温湿度ロガーTR-71Ui



実験方法
10:30頃に室内(工房)で温度計をケース内に仕込み、遮熱カバーを装着しました。そして11:00~12:00の一時間、3つのケースを直射日光が当たるようにベランダに立てかけて並べました(上写真よりも間隔をあけて立てかけました)。
その後室内に戻して、12:00~13:00の間ケースを開けないまま放置しました。

 

実験結果と考察

温度上昇グラフ

 グラフ中の水色折れ線は素ケースの外表面の温度変化です。直射日光を受けて急激にケース表面の温度が上昇していることがわかります。グラフの凹凸は太陽が雲に隠れた時の温度変化によるものだと考えられます。その反対にケースを室内に戻したときの、「急激な温度下降」も特徴的です。
 それに対して楽器ケースの内部の温度上昇は、ほぼ予想していた通りでした。ケース内の温度は急激に立ち上がるのではなく、じわりじわりと熱が蓄積されていくように上昇していきます。素ケースの温度上昇がもっとも高く、約30℃位にまで上がっていることがわかります(この程度なら楽器へのダメージは全くありません)。
 保温シート(上写真中の1)の遮熱性能は予想通りで、もっとも内部温度の上昇を抑えています。遮熱布(上写真中の2)に関しては、あまりにも薄手の布のために、当初その効果には疑問がありましたが、一応の効果が発揮されていることがわかりました。

 

結論

 今回の実験で使ったGEWA社製のヴァイオリンケースは、私のお勧めのケースでもあるように、素の状態でもきちんとした遮熱性能があるケースです。従って遮熱カバーの有無によって極端な差は出ませんでした。しかしながら、わずかではありますが、カバーを装着することによって温度上昇を抑える効果があることもわかりました。このような微細な楽器のストレスの差が、長い期間の中で楽器に悪影響を及ぼしてしまうということも十分に考えられることです。まして最近流行の薄手のシェルの軽量ケースにおいては、その差はさらに出てくると予想できます。
 保温シート(1)は少々大げさとしても、遮熱布(2)でカバーを縫製してカバーを自作したり、それでなくても風呂敷のように簡単に楽器ケースを包むだけでもその効果は出ると考えられます。

 

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