指板の反りの理論
2005年1月28日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
指板の調整をする上で、「正しい反り」を付けることが重要であるということはきちんとした技術者でしたら経験的に知っています。しかし、理論的に知っている人は少ないです。それどころか、指板に反りを付けることを知らない技術者も多いのです。それは市場に出回っている楽器を見るとわかります。今回は指板の反りの理論について書いてみましょう。
弦高と指板の反りとの関係
「弦高」とはピンと張った弦と、指板の表面との間隔のことです。弦高は、弦を押さえたときの「押さえやすさ」に直結します。しかし、弦高を低くしすぎると、弾いたときに弦が指板の表面にぶつかってビリビリと雑音を発してしまいます。そのために、弦がビリ付かないように駒の高さを調整するのですが、駒の高さは指板の調整度合いに大きく左右されるのです。すなわち、「指板の調整無くして駒の調整は不可能」と言いきってもよいのです。
技術者の中にも勘違いしている人がいるのですが、指板は(真横から見た場合)直線なのが良いと思っている人が少なくありません。しかし実際には、「正確な円弧」であるべきなのです。次の図は反りの付いていない直線指板(赤色)と、反りが付いている指板(青色)を、弦の最大振幅に合わせてセッティングした図です(この図は大げさに描いていますのでご了承ください)。反りの無い赤色指板よりも、反りが付いている青色指板の方が駒を低く(弦高を低く)セッティング可能な事がよくわかると思います。
次のグラフは、上記図をポジションとそれに対応する弦高のグラフに置き換えたものです。反りの付いていない赤色指板はハイ・ポジションになるに従って、弦高はどんどん高くなっていきます。こうなるとハイポジションが押さえにくいだけでなく、弦を大きく押さえつけることによる張力の変化、すなわちピッチの変化が生じてしまうのです。正確なポジションと実際に出てくる音程に違和感が生じてしまいます。
それに対して反りが付いている青色指板は、ローポジションからハイポジションに至るまで比較的平均した弦高を保持しています。これこそが「指板の反りの理論」なのです。当然の事ながら、反りが付いていればそれですむというわけではありません。それを実行するためには、「正確な円弧」の反りを施す高度な技術を必要とします。
弦を指で押さえた時の、非振動側のビリ付き
「指板の反り」による効果は、「弦高を低くセッティングできる」という効果にとどまりません。下図を見てください。指板に反りが付いていない楽器では、5ポジション以上くらいのポジションを押さえたときに、本来なら振動しない部分の弦が楽器の振動によって指板とぶつかって、ビリ付いてしまいます。このようなビリ付きは特に低弦において起きることが多いです。しかし、指板に適切な反りを付けることによって、弦と指板とに微妙な隙間が出来てビリ付きは出ないのです。
高度な指板加工の技術と、定期的な調整
このようにして「指板の反り」について説明すると、技術者は当然の事の様に理解していると思われるでしょうが、実は技術者も理論的な事は知らない人がほとんどです(経験としては知っています)。中には、一番最初にも書きましたが、指板に反りが必要と思っていない製作者や技術者もいるくらいなのです。さらに、「反り」を付ける技術力(加工精度)も様々です。例えば、指板をピカピカに仕上げたからと言って、肝心の反りが理にかなっていなければ、何の役にも立たないのです。すなわち、高度な技術力というのは、このような微妙で、しかし影響力の大きいところにしっかりと現れるものなのです。
同様に、指板の定期的な調整(指板の反り修正)もとても重要です。演奏者は弦の溝跡のことしか気にしませんが、実はそれと同じくらいに「反り」のバランスが重要なのです。指板調整のどの程度の頻度で行うかは、指板の材質、状態(厚み)、演奏者の弾き方などによって大きく異なりますので一概には言えません。しかし半年ごとにはチェックすることが必要です。