照明器具とその演色性(スペクトグラム)

2014年1月2日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

照明器具による楽器の見え方

 我々楽器を扱う業者は、楽器の色、ニスの色、場合によっては写真の色などについて観察・評価したり、説明をすることが多いです。しかし、照明の特性、すなわち「演色性」についての知識を持ち、さらにこだわっている弦楽器関連の業者や技術者は少ないようです(もちろんそのような知識が無くても、または意識しなくても仕事は行えますが)。しかし、楽器の色は照明によって大きく変化しますので、「照明器具と演色性」についての知識と照明器具の選び方は、写真家だけでなく我々弦楽器関連の技術者にとっても重要と思います。なぜならば、それを行うことで、自分の中だけの色の「感覚」から、万人が共通の「基準色」として色を扱うことが出来るようになるからです。

 上写真は、家庭用の一般LED電球と、撮影用の高演色LED照明を使って撮影したヴァイオリンです。デジタル一眼レフ・カメラのホワイトバランスを5000Kに固定して撮影し、さらにPhotoshopにてグレーバランスを調整した画像です。よって両画像の「白」や「グレー」色を見ると、ほぼ同じに調整されているのがわかると思います。しかし、そうして同じ色になるように微調整した両写真でも、ヴァイオリンの色は全く違います。
 一般LED電球の演色性は低いために、赤系の色の成分が少なく、結果として黄色っぽく、写真が薄っぺらな感じに写ってしまっているのです。色だけから判断すると、これらのヴァイオリン(のニス)が同一の物とは思えないのではないでしょうか?
 このような理由から、私の工房では2003年から高演色蛍光灯を設置して、色の基準を一定にしています。それでも様々な照明器具を扱わなければならないことが多く、それらの演色性についてもっと具体的な判断基準を欲しいと思っていました。

 

光りの成分を調べる測定器

 照明(光り)の特性を調べるためには、光りに含まれる色の成分を分光して、各色ごとの量を測る必要があります。このような光りの成分計測を行うためには、色彩照度計とか分光放射照度計などの高価な測定器が必要になります。これまではあまりにも高価な機器のために個人で導入することは現実的ではありませんでしたが、最近になってようやく低価格の(簡易)測定機器が発売になりました。今回、「UPRtek製 MK-350」を導入したので、これを使って、私がよく活用している様々な照明の特性を測定してみました。


 ちなみに、光りに含まれる色成分量をグラフ化したものが「スペクトグラム」であり、色成分の偏り特性を「色温度」と言います。そして色成分の特性を「演色性」と言います。

 

各種照明器具と、その演色性グラフ

冬の太陽光(直接)
 1月2日の正午の太陽光を直接測定したスペクトグラムが、下記のグラフ(下図の右上部分のグラフ)です。紫外線近傍領域~赤外線近傍領域まで光りの成分がほぼ均等にビッシリ詰まっていることがわかります。すなわち、これが理想的な演色性の光りと言えます。「高演色光」の見本と言っても良いと思います。
 光りの色温度(ホワイトバランス)は5137Kで、演色性は99と測定されています(注:太陽光が強すぎて、正しい計測はできませんでした)。
 

塗りっぱなし

 

冬の青空
 1月2日の正午の真上(雲の無い青空)の光りを測定したのが下記グラフです。太陽を直接測定したグラフよりも、赤系~赤外線の成分が少ない事がわかります。
 色温度は7485Kと非常に高め(すなわち青っぽい事を指す)ですが、演色性は98と高いこともわかります。すなわち、色温度と演色性は別物なのです。

400番の耐水紙ヤスリがけ

 

 

白熱電球(タングステン裸電球)
 いわゆる、昔ながらの裸電球です。少し前までは工房の作業用電球として、この裸電球を使っていました。下グラフを見ると、赤系に大きく偏った特性をしているのがわかります。赤外線(熱)を大きく発していることもグラフから読み取ることが出来ます。
 色温度は2627Kととても低い「赤黄色っぽい光り」なのですが、演色性は99と、とても優秀です。このために昔から写真撮影用に「タングステン電球」が用いられてきたのです。赤系に偏った色の補正さえきちんと行えば、綺麗な正しい色を表現することが出来るのです。

800粒子の紙ヤスリ


 

一般蛍光灯
 最近の一般蛍光灯は、昔の蛍光灯よりもずいぶん改善されてずいぶん自然な色を出せるようになりました。しかしそれでも、スペクトグラムの形は若干不自然で、赤系と青系の領域の色が少ないことがわかります。また蛍光灯特有の青色の鋭いピーク値(433nm波長)を見ることが出来ます。ちなみに演色性は70と低めですが、私が想像していたよりもずいぶんまともな色をしていることがわかりました。ちなみに色温度は、「白昼色」蛍光灯なので4799Kと5000Kに近い色温度をしています。

1200耐水ペーパー


 

色評価用蛍光灯(演色AAA)
 この蛍光灯は工房の天井に設置している直管蛍光灯です。以前は普通の蛍光灯を装着していましたが、2003年に色評価用(演色AAA)蛍光灯に交換しました。この蛍光灯は写真の色評価用として、または美術館の照明として用いられる蛍光灯です。演色性が96と高い(私はもう少し高いと思っていました)だけでなく、紫外線が少ないのが特徴です。これは紫外線で展示物を傷めるのを防ぐためです。同じ事は楽器にも言えて、少しでも紫外線を当てないことがニスの退色を防ぐ(すなわち楽器を傷めない)コツなのです。
 色温度は4974Kで、ほぼカタログ値(5000K)どおりの正確な色温度であるということが判ります。

1500番の耐水ペーパー

 

一般LED電球1(80W相当)
 工房の作業灯として私が使っているLED電球です。裸電球の様に影をはっきり出すために、LED素子の周りに被せている白色のプラスティックカバーを取り外して使っています。
 演色性が77くらいというのは予想していたとおりです。LED照明特有の(蛍光灯以上に)強い青色の光り(最近よく耳にする「ブルーライト」)の成分を確認することが出来ます。この強い青色成分が、「LED電球は目の刺激が強い」と言われる原因でもあります。もう少し高演色のLED電球が普及することを期待しています。色温度が6400Kというのは少し予想外でした。できれば5000Kくらいで統一したいところです。

磨き粉での処理



一般LED電球2(60W相当)
 工房の作業灯として弟子の林さんが使っているLED電球です。裸電球の様に影をはっきり出すために、LED素子の周りに被せている白色のプラスティックカバーを取り外して使っています。
 演色性が71と、予想していたよりも少し低いです(こちらも強い青色成分が出ています)。こちらも同じように、もう少し高演色のLED電球が普及することを期待しています。色温度が5167Kというのは理想的です。

磨き粉での処理



撮影用の高演色LED照明
 ビデオ撮影用の東芝ライテック社製、業務用高演色LED照明です。私の工房ではビデオ撮影、写真撮影用途だけではなく、通常の作業用にも活用しています。
 初期(2007年頃に導入)の業務用LED照明としては、演色性は94となかなか優秀です。スペクトログラムを見ると、理想的な光り成分の分布をしている事がわかりますが、やはり青色成分にピークがあることが判ります(ただし、上記のLED電球とは異なり、黄色~赤色の成分が自然に分布しているので、青色成分による目への刺激はほとんど感じません)。

磨き粉での処理



カタログ値Ra97の、CCS社製 高演色LED電球
 作業灯として使っているLED電球(上記)の演色性改善のために2012年に購入したRa97高演色LED電球です(2014年現在は製造中止)。実測値でも演色性98と測定され、素晴らしい性能であることが判ります。しかし欠点もありました。演色性を追求するために消費電力が14Wと少し高くなっていることです(一般LED電球の消費電力は6~9W)。さらにこの製品は、LED素子の劣化を防ぐために小型電動ファンが内蔵されていて、小さいのですが音を出すことが欠点となり、実際に作業用の灯りとして用いることを諦めました。しかし、撮影用の照明としては素晴らしい演色性と思います。

アルコールでのポリーレン

 


東芝「キレイ色LED電球」(普及型の高演色LED電球)
 これまでは「高演色LED照明」は業務用製品でしたが、最近(2013年)は普及型の高演色LED電球も発売になりました。業務用照明ではないので、「演色性Ra~」とは明記されてはいませんが「高演色LED電球」とアピールされていることが判ります。これまではLED電球には単に「明るさ」と「省エネ」、「価格」だけを求めることがほとんどでしたが、LED照明も成熟期に入り、「演色性」を求める方が増えたのだと思います。そう言った理由から「キレイ色LED電球」では、低価格ながら高演色性を追求した製品のようです。
 早速スペクトグラムを計測してみました。確かに宣伝通り、演色性は95と素晴らしいです。色温度もなかなか良いと思います。唯一の欠点は、演色性を追求したために明るさが40W相当と減ってしまっていることです。この点だけが残念ですが、「高演色」という概念を一般家庭に浸透させるのは素晴らしいことです。
 ちなみに、この「キレイ色LED電球」と「通常のLED電球」を見比べてみると、黄色~赤色の表現力が違います。

アルコールでのポリーレン

 


赤外線ヒーターランプ
 この赤外線ヒーターランプ(または赤外線乾燥ランプ)は、ニカワ接着作業時に楽器を暖めるために使っているランプです。照明の仕組み的には、裸電球と同じです。実際にスペクトグラムを調べてみると、確かに裸電球の演色性とほぼ同じです。「大光量(熱量)の裸電球」と思っても良いかもしれません。演色性は99と、さすがです。

アルコールでのポリーレン

 


赤外線撮影用LED照明
 通常この赤外線撮影用LED照明は、暗視カメラ用の照明として用いられます。照明をつけても、肉眼では全く光っているのを確認できません。私の場合には楽器の赤外線撮影をする時、熱で楽器を傷めないようにこの特殊照明器具を使っています。単に赤外線を出すためならば上記の「赤外線ヒーターランプ」または「裸電球」でも十分なのですが、発熱も大きいので楽器への悪影響も懸念されるからです。その点、この赤外線LED照明は熱も可視光も出さないので便利です。
 スペクトグラムを計測して驚きました。私の想像外に紫外線領域もたくさん出していたからです。全く予想外でした。私はもっと純粋に赤外線領域だけの光りを放っていると思い込んでいたのです。
 測定当初は上記取り消し線のように「想像していた以上に紫外線が出ている」と感じたのですが、冷静に考えてみると、今回の測定したスペクトグラム領域はあくまでも可視光です。しかし、この赤外線LED照明は点灯しても目では見えません。ということは、あくまでも想像になりますが、赤外線領域(測定グラフのさらに右側)に赤外線の大きなピークが存在し、総体的に紫領域の値は小さくなるのではないでしょうか。

アルコールでのポリーレン

 


ブラックライト蛍光灯
 近年、蛍光装飾用として様々な場所で目にするようになったブラックライトです。薄暗い紫色に光る照明です。私の場合、紫外線撮影用の照明として活用しています。
 実際にこのブラックライトのスペクトグラムを計測したところ、361nmの紫外線(可視光の限界?)ピークと、紫色のわずかな可視光が出ているのが判ります。通常の可視光領域の光りは全く出ていません。実に綺麗なスペクトグラムです。

アルコールでのポリーレン

 


紫外線殺菌蛍光管
 紫外線殺菌蛍光管はブラックライトとは異なり、とても明るく光ります。そのため、可視光領域の光り成分も存在するということは容易に想像できることです。実際にスペクトグラムを計測してみたところ、いくつかの際だったピークが存在していることがわかります。これらの波長が殺菌力に影響しているのでしょうか?それとも、この測定器では測れない、さらに紫外線領域(例えば350nmとか)にもっと大きなピークが存在するのかもしれません。いずれにせよ、特殊照明としての興味深いスペクトグラムを確認することが出来ました。

アルコールでのポリーレン

 


まとめ

 今回の測定で感じたのは、特殊照明は当然のこととして、全ての照明器具にそれぞれ特徴があるということです。すなわち、各照明器具の演色性を正しく測定して理解していなければ、その照明下での見え方の基準もあやふやでしかなくなってしまうという事です。もちろん、常に同じ照明下だけで作業・判断・評価するのでしたら、照明の演色性等を気にする必要はないかもしれませんが、現実問題、一つだけの照明かだけで作業・生活をすることは不可能です。こういった意味からも、各照明器具の演色性を計測して、把握する意味はとても大きいと感じました。
 また、UPRtek MK-350のような安価な(それでも個人で導入するには高価ですが)計測機器が出てきたことは、我々弦楽器関連の技術者にとってもとても有意義なことと思います。

 
 

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