砥石の顕微鏡撮影
2012年6月18日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
砥石の種類と、表面の状態
我々職人にとって刃物の切れ味は「命」です。職人の技術とその刃物の切れ味は比例していると言っても、まんざら過言でもありません(それ以外の要素もたくさんありはしますが)。その「刃物の切れ味」を決めるが「研ぎ作業」、すなわち砥石なのです。技術のある職人ほど刃物と砥石に異常なほどのこだわりを持っています。
砥石を大きく分類すると粗研ぎ用の「粗砥石」、中間研ぎ作業用の「中砥石」、そして仕上げ作業用の「仕上砥石」に分類できます。さらにそれぞれは形態で細分化すると「平砥石」と「回転砥石」に分けることができ、素材で分類すると「天然砥石」と「合成砥石」に分類することができます。さらに付け加えると「水研ぎ砥石」と「油研ぎ砥石」にも分けることができます。
今回は砥石の基本である平砥石の表面を顕微鏡で観察してみました。私のこれまでの研ぎ作業の経験(感触)から、何となくの砥石の表面の状態は想像できるのですが、それでも実際に自分の砥石の表面を観察するのは初めての経験です。
中砥石(キング#1000)
この「キング#1000」砥石は研ぎ作業の中間において使う合成砥石で、価格が安いのにとても性能が良く、そしてもっともポピュラーな砥石と言えるでしょう。この砥石を使った事のない職人はほとんどいないと言ってもよいほど、よく使われている合成砥石です。最近では海外においても評価され、外国の道具カタログにも定番商品として掲載されています。この砥石は、そのレンガのような赤茶の色が特徴です。性能的には水をよく吸い、刃物を研ぎ始めるとすぐに綺麗な「研ぎ汁」が出るので、砥石が目詰まりせずに綺麗に、そして素早く研ぐことができるのです。 顕微鏡で観察すると、10ミクロン前後の三種類くらいの粒子から構成されていることがわかります。オレンジ色の粒子と白色の粒子では、その硬度が異なるのでしょうか?いずれにせよ、これらの粒子の選択と配分が重要なのでしょう。
ダイヤモンド砥石(三和研磨#500)
粗研ぎ用の比較的粒度の大きなダイヤモンド砥石です。#500という粗さの砥石なのですが、顕微鏡で表面を観察してみると想像していた以上に細かなダイヤモンド粒子がペースト状になって塗られていることが判ります。そのダイヤモンド粒子を含んだペースト状のものが、ある程度の大きさの凹凸となることで、#500という粒度を保っているのだと思います。実は、顕微鏡で実際に観察するまでは、もっと大きな粒子の合成ダイヤがキラキラと散りばめられているのだと思っていました。 ちなみにこのダイヤモンド砥石はDIYショップなどでよく見かけるような安価なダイヤモンド砥石とは違って、20mm厚のしっかりとした金属土台の上に、約1mm厚のダイヤモンドの層がしっかりと塗られている、本格的な工業用ダイヤモンド砥石です。価格も4~5万円位はしました。
ダイヤモンド砥石(ノリタケ#600)
次のダイヤモンド砥石は工業用ダイヤモンド砥石で有名な「ノリタケ」というという会社の製品です。上記の「三和研磨」のダイヤモンド砥石よりもさらに高品質なもので、それは外観からも判ります。金属土台の厚みも28mmとさらに厚く、その上に2mmものダイヤモンド砥石の層が形成されています。その値段は、ずいぶん前に購入したのですが、その時の価格で8万円くらいもしました。 顕微鏡で観察すると、ダイヤモンドの粒子を含んだペーストが、平面上に均一に塗られているのではなく、まるで溶岩のように、立体的に粒状感を保った状態で塗られていることが判ります。これが#600という粒度と、目詰まりのしにくさを生むのだろうと想像できます。さらに、20ミクロン程度の大きな白色の粒子が混ざっていることも判ります。これが大粒の合成ダイヤの粒なのか、または別の石なのかは判りませんが、いずれにせよ意図的に「粗さ」を出しているのだと考えられます。
合成仕上砥石(#8000)
私の場合、仕上げ研ぎ用の砥石には天然砥石を使うことが多いのですが、丸ノミを微妙な曲面で研ぐときなどは合成仕上げ砥石を使うこともあります。合成砥石を顕微鏡で観察すると、意外とその粒子が大きいことが確認できます。2ミクロンくらいはあるででしょうか? 想像していた以上の粗さをしていました。キングの砥石同様に、2~3種類の粒子が混ざっていることが確認できます。
天然仕上砥石
天然仕上砥石を1000倍に拡大して観察すると、粒子が非常に細かいことがわかります。天然砥石の性能は「粒子の細かさ」「粒子の立ち具合」「不純物の無さ」「均一さ」「割れの無い砥石の大きさ」などによって決まります。下写真の砥石は大きなサイズなので価格はそこそこしましたが、石の質自体は「中の上」くらいでしょうか? 画面左下に10ミクロン程度の小石の粒が見えます。良い砥石ほど、このような小石の混入も少ないのです。しかし逆のことも言えます、粒子の質自体は良いのに、残念ながら小石が混入しているために安価な砥石もあります。そのような場合には、針で丁寧に小石を掘って取り去って使う場合もあるのです。
天然仕上砥石(極上品)
こちらの天然仕上砥石はとても良質な砥石です。顕微鏡で拡大してもその差がわかります。粒子がきめ細かで、さらに均一で不純物の混入もほとんど見られません。もっとも、上記の上記の天然砥石とは研ぎの性質が異なるので、刃物や仕上げ工程によって使い分けされます。
余談になりますが、高価な天然砥石の側面が黒く塗られていることがあります。これは「カシュー漆」という塗料で、防水加工のために塗られています。というのは、良質な天然砥石ほど粒子の層がはっきりしています。肉眼で見えるわけではありませんが、地層に様に粒子が堆積しているのです。そのために砥石の側面からは水が染みこみやすく、水が染みこむことによって割れやすくなってしまうのです。そのためにカシュー漆で防水加工をするのです。
まとめ
今回初めて、自分が普段使用している砥石の表面を顕微鏡で観察してみました。実際に観察してみた感想としては、普段研ぎ作業をしている「感触」とほぼ一致しました。自分で言うのも何ですが、人間の感覚というのは凄いものだと感心しました。しかしこのように「実際の観察」を行うことで、何となくという「感触や感覚」が、具体的に「***ミクロンくらい」と、具体的な数値を言えるようになりました。これは大きな進歩です。
次なる研究目標は「研ぎ汁」の状態や、研いだ刃物の状態、さらに砥石の「目詰まり」の状態を観察して、自分の感覚と照らし合わせることです。それによって、実際の作業がより高度に、より敏感に、そしてより応用度が広く行われるのではないかと自分自身で期待しています。